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あの日から、
もう1週間も過ぎたなんて信じられないけれど、
あの時確かに、私はフラメンコの光の中にいた。

そんなふうに思える
素晴らしいフラメンコ体験をさせてもらいました。

10月30日にアクースティカ主催で行われた
「ルイス・ペーニャを囲んでフィエスタ!。

今年の盛り上がりは、半端なかったです。

「映画、素晴らしかったわよ! 
靴が打ち出すあのリズムは、とても人間業とは思えない! 
その靴音が、魂の奥底からの叫びのように迫ってくるのよ! 
フラメンコも生き方も、すべてが圧倒的! 
素直に、"脱帽"って感じね。
私なんて、まだまだ生ぬるいひよっこね」

8月のある日、齢80を超える母から、
興奮気味に電話がかかってきた。
私からすすめたフラメンコのドキュメンタリー映画「ラ:チャナ」を見てきたのだだという。

この1週間は、大阪と京都行ったり来たり、
今日は旭川、明日は札幌と北海道を巡り、
明後日日曜に、いよいよ東京に戻ってくる
ハビエル・エレディア。

そう、彼は
5月半ばから日本に来ていて、
日本各地に
フラメンコのアイレを届けているフェステーロなのだ。

javier_cante.jpgフェステーロとは、

GWが明けたばかりの5月7日
シティオ塾新講座、「タブラオとライブのためのバイレ講座」が始まった。

講師にお迎えしたのは、
長い間スペインのタブラオで
フィグーラ(看板スター)として踊っていた渡部純子さん。

思い起こせば20年以上も前、
バルセロナの老舗タブラオ「タラントス」に
彼女を訪ねたのが最初の出会いだった。


最近、日本でも
フィエスタへの関心が高まっているようです。

かくいう私も、フィエスタは大好き!
だからこれまでも、
フィエスタやその楽しみ方に関する企画を
色々やってきました。

だってフィエスタには、
フラメンコ本来の粋と楽しさがいっぱい!

フラメンコは難しい。
フラメンコに関わったほとんどの人は、
「フラメンコがわからない」まま一生を終えていくのではないだろうか?と思うくらい、フラメンコは難しい。

アルテを追求するということには、終わりがないので、
一生をかけてフラメンコを追求すること自体は、素晴らしいことだ。
アルティスタにとっては、その姿勢こそが、生命線とも言えるかもしれない。

しかし、だからといって、
お教室に5年通っても、10年やっても、20年やっても
フラメンコの輪郭がつかめないのは、
本質に近づけないのは
さびしすぎやしないだろうか?

GW最終日の今日、
カレンダーとは関係なくいつものように仕事をしていた私。

その真っ最中に、
想定外の感動体験をしてしまい、
思わずブログが書きたくなった。

アクースティカの引っ越し騒動で
1年近く間があいてしまった
アクースティカ主催「目黒フラメンコ夜話会」を
再開することにした。

場所が目黒から中野に変わったので、
この際、名前も一新し、
「中野フラメンコ夜話会」としよう。

中野に引っ越してきて半年余り。
フラメンコを要に中野の街の文化発信拠点になりたい――。
そんな願いを込めて、
アクースティカの隣に
多目的スペース「中野スペースリンク」をオープンしました。

フラメンコの現状をふとかえりみれば、
ファンがうなぎ上りに急増していた時代は終わり、
ある種の閉塞感がここ数年漂っています。

フラメンコ・バイレ練習生から、
体の不調や、腰、膝などの故障の話を聞くことがよくあります。

フラメンコは、体に負担がかかる、
フラメンコは、体を痛めやすい、そんな風に思っている人は多いのではないでしょうか?

実は私も、少し前までは、
フラメンコは体に無理な負担がかかりがちではないかと、
思っていました。