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フラメンコ・フェスティバル・イン・東京が、開幕した。
初日の昨日、上演されたのはベレン・マジャとマヌエル・リニャンの「トラスミン」。

オープニング、はバタ・デ・コーラで踊るカンティーニャ。バタを着ているのはベレンだけではない、マヌエルも。男性のソロでバタを着て踊ったものは何度かみたことがあるが、男女のパレハで見るのは初めてだ。マチョなバイレのイメージのマヌエルのこの登場に驚かされるが、踊りが始まると、その完成度の高さにいきなり度肝を抜かれた。

なんと精緻なパレハであることか。まるで写し絵のように一分に隙も乱れもない2人の動き。しかもその一瞬一瞬のフォルムが、どこをとっても印象派の絵画を見ているがごとく、完璧な美しさなのだ。こんなフラメンコのパレハ、私は見たことがない。いわゆる統制美は、必ずしもフラメンコ舞踊が本望とするものではないが、この神業的クオリティの高さは、美しさは、それだけで感動を呼び起こす。

つい先ごろ、スペイン舞踊生活50周年を記念した単行、本濱田滋郎著「岡田昌己スペインをを踊る」が発刊されたばかりの岡田昌己さん。その本の帯にも書かれていますが、財団法人松山バレエ団(日本のプリマ森下洋子さんが現在の会長)が制定する芸術賞を受賞されました。その授賞式が10月7日、ホテル「フロラシオン青山」で行われ、私も参加してきました。

記念すべき日本初のフラメンコ・フラッシュモブが、無事終わりました。
行われたのは、本日9月29日午後1時、丸ビル1Fマルキューブひろば。

12時50分。総勢約100人の踊り手たちは、通行人に紛れ、4つのグループに分かれて待機。
はい、なんとと言っても、フラッシュモブは、サプライズ命ですから。

フラメンコの記事って、一般媒体に出ることはほとんどないですが、
一般の媒体に出た記事、つま、フラメンコの世界とはあまり関係ないライターさんが書いた記事というのは、
視点が新鮮で、なかなか面白いものです。

10月に行われるフラメンコ・フェスティバル・イン・トウキョウについての記事が、Yhooニュースに出ました。
某ライターさんが、フラメンコファンにはお馴染み!の志風恭子さんにインタビューしてまとめたもの。

これが、フラメンコの書き手である私が読んでもハッとするような、興味深いものでした。
書かれていた事実におどろいたわけではありません。
その切り口、ツッコミ方がおもしろいのです。

フラメンコとフェスティバルの魅力が、とてもわかりやすく伝わってきます。

それにしても、
この切り口でのフラメンコの語られ方、なんか目からウロコ!

一週間ほど前、「フラメンコ・フェスティバル・イン・トウキョウ」を主催するパルコの担当責任者の中西さんから、突然電話があった。中西さんはビセンテ・アミーゴの来日公演をずっと担当されてきた方で、もう20年来のおつきあいだが、2005年の日本初の「フラメンコ・フェスティバル」で一緒に仕事をして以来の連絡だった。

フラメンコと出会って20数年、その世界の片隅で仕事をするようになって20年以上の時が流れた。

自慢じゃないが、私は継続するのが大の苦手な人間で、
フラメンコと出会うまで(20代後半)は、6年間通った小学校が最長記録、
仕事でも稽古事でもそれ以上長く続いたものはなかった。

夢中になって何かに向かうことは、ままあったが、
挫折したり、あきたり、他に関心が移ったりの連続。
仕事として経済的においしいなどということは、一度も経験したことがなく、
貧乏暇なしを絵にかいたような歩みだったが、
フラメンコに対する熱が、冷めることはなかった。
それどころか、まるでバックパッキングの無銭旅行を楽しむ若者のように、
ハラハラ、ドキドキの人生道中を楽しんできた。

なんで、そんなにフラメンコだったたんだろう?
今改めて、それをとらえ直してみたいという衝動にかられる自分がいる。

これからしばらく、このブログを使って、
私が感じるフラメンコの魅力を
個人的な体験と思いに引き寄せつつ
しばらくの間、書いてこうと思う(不定期飛び石連載)。

落とし所は、まだ私にもわからない。よろしければ、お付き合いください。

7月9日、青山CAYでのドローレス×沖仁。

炸裂するドローレス。震える観客(私)。
むき出しのドローレス。腸をわしづかみされる観客(私)。
乾いたざらついた声も、その声に連なる身振りのひとつひとつも、
歌の合間に時折り挟まれた言葉のカケラまでも
魂そのもの。フラメンコそのもの。
ドローレスのオーラは、以前よりもさらに優しさを増して、
観客を包み込んだ。

ゴールデンウィークの最中、5月3日、浅草のアサヒ・アートスクエアで、
和歌山を拠点に活動している踊り手の森久美子さんの公演
「AMATERASU」の東京公演が行われる。

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「この映画には、私の綺麗な部分しか映ってないと思うわ」
 
映画「裸足のフラメンコ」のパンフレットに掲載される対談の最中、
長嶺さんは、ちょっと不満そうにこう呟いた。

「男性と浮名を流したり、借金を踏み倒したり、そういう私のハチャメチャな部分はまったく出てこないもの」

報告が遅れてしまいましたが、先だっての大阪出張の際、"遥か遠いフラメンコの光が一瞬見られるかもしれない場所"=「カサ・グロリア」に行ってきました。