大塚歩の 「失敗、ドンマイ、フラメンカ!」

フラメンコに出会った頃の自分から学ぶこと

上半身ハダカで、
黒いタイツを履いて、
アイラインをくっきり引いた長髪の男。

文字だけ見たらなんとも怪しげなホアキンコルテスが、
受験勉強中にカミナリ様のようにウチのテレビの中に現れ、
「何だかよく分からないけど、きっとフラメンコだ!」と思った私は、
後日、進路面談で将来の夢を聞かれて「フラメンコやります」と、根拠もなく宣言しました。

それほどにホアキンが衝撃的だったのか、
私が楽天的だったのか。
とにかく、それが初めてのフラメンコとの出会いでした。

その後、無事進学し、一通りの大学生あるあるを体験中だった私は、
1年前の熱い一目惚れのことを忘れていましたが、
大学生活に慣れてきた頃に、
学校にフラメンコのサークルがあるということを知って、
迷わず入部しました。

サークルでは先輩に教えてもらうのがメインでしたが、
月に一回、滝沢恵先生が長野まで教えに来てくださっていました。
プレハブ小屋のような部室には、行けば必ず誰かがいて、
ちょっと練習してはおしゃべりをして、
時間になったらそれぞれ授業に行ったりバイトに行ったり。
フラメンコというよりは、たぶん青春をやっていました。
本当に良い時間だった。今更ながら両親に感謝。

そんな楽しかった大学生活も終わり、
いよいよ長野で就職したのですが、
ほとんど休みもなく、近くにフラメンコ教室を探すことも出来ずで、
全くフラメンコのない日々を過ごしていました。

でも今度はフラメンコのことを忘れませんでした。
それで、25歳の時に思い切って上京。
影山奈緒子先生の教室に入りました。
サークルの時と違って、いろんな世代の生徒さんがいて、
練習する場所も今にも壊れそうなプレハブじゃなくてきちんとしたスタジオで、
「ああ、やっぱり東京のフラメンコは違うな」と、
妙な満足感と新鮮な気持ちで楽しくクラスに通っていました。
しかも、先生の話してる言葉がなんかオシャレ。
やっぱり東京だ、と。練習風景
話の内容は
「マルカールがあーで、レマーテがこーで、センティードが云々」。
学生時代にもきっと聞いていたであろうに、意味不明でした。

そんな状態ではあったけれども、
教室に入ってから半年後に発表会がありました。

プロの歌い手さんの歌で踊るということも初めてだし、
衣装屋さんに衣装を作っていただくことも初めて。
メイク講習会を先生が開いてくれて、
初めて尽くしの発表会に向けてムクムク期待が膨らんで、
ずっと興奮していました。

踊ったのはタンゴでした。
朝早く西日暮里のアルハムブラへ向かい、
本番が始まっても、なぜかあまり緊張しなくて、
いよいよタンゴが始まりました。

わずか20秒で、私のモニョ(偽物)が、
丸ごと見事に客席に飛んで行きましたが、
それに気付くこともなく、
私はとても気持ち良く、楽しく踊っていました。
発表会01

初めての発表会からアドレナリンは出っ放しで、
やる気はさらに満々でした。
2回目の発表会では憧れだったソロを、
憧れだったエルフラで踊りました。

マルカールという言葉もレマーテの意味も知らなかった私でも、
「エルフラメンコ」は長野にいた時から知っていました。
その有名な、手の届かないと思っていた、一流の人しか立てないであろう舞台に、
自分が立てるんだ!と、また興奮しました。
今度はものすごく緊張しました。

それ以来、緊張しなかった本番は一回もありません。

練習では先生のことが嫌いになるくらいたくさん怒られたし、
リハーサルではお手本のように綺麗にしりもちをついて転んだし、
もう自分の髪だけでモニョが作れるくらい髪は伸びていたけれど、
相変わらず不器用で上手くできないし、
メイクもみんなに大爆笑されたし。
でも、本番は緊張しながらも楽しかった記憶があります。

それに、初めてのソロにしては、
なかなかイケてたんじゃないか?くらいの自信も
DVDを見るまではありました。

待ってましたー!とばかりにDVDを再生してすぐ、
こんなはずじゃ...と、がっかりしました。

肩も手も脇もカチンコチンで、
あぁ、先生に注意されてたところだ、と実感しました。
でも、
踊っていたのがガロティンだったからという理由だけじゃなく、
へたっぴだったけど
やっぱり楽しそうに踊ってる自分が映っていました。

初心に返る、と言いますが、
「初心」しかなかった頃の自分には、
「失敗がこわい」なんて考えは、きっとほとんどなかったし、
今より知らないことだらけで、
今よりへたくそでも、
心があったんじゃないかな、と思えてきます。

でも、少し経験を重ねたり、
多少なりともフラメンコがわかるようになって
失敗したくないと思ってしまうと、
楽しむこともできなくなる。

それに気付いたところで、
昔の自分に戻ることは出来ないんだから、
失敗しないで出来ることじゃなくて、
本当に自分がやりたいことを探し続けて、
向き合って、挑戦していくしかない。

失敗、しりもち、ばっちこーい。なのだ!

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大塚歩 プロフィール

高校生のとき、受験勉強に飽きてつけたTVに映っていたホアキンコルテスに興奮。進路面談で根拠もないのに「フラメンコをやる」とのたまい、担任の先生を閉口させる。にもかかわらず進学後は、ホアキンのこともフラメンコのこともすっかり忘れ、20歳のときに急に思い出しフラメンコサークルに入る。その後、滝沢恵氏、影山奈緒子氏に師事。2011年、CAFコンクールにて奨励賞を受賞。セビージャのfundación Cristina Heerenにて多数アーティストに学ぶ。(-2012年)2013年夏に帰国し、2年半ほど地元長野で過ごす。2015年11月に再び東京に戻り、タブラオ等に出演しながらoleなフラメンコを目指して奮闘中。
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