毎日、雨、雨、雨...。初めてヘレスフェスティバルに参加された方にとってはハードな洗礼となりましたが、この時期の天候は毎年様々。この13年の間でも、暑くてノースリーブで過ごした年もあれば、激寒でウールのセーターを買いに走ったことも。もちろん、今回のように付近の村で浸水被害が出るような大雨の年もありました。しかしそんな中でも、フラメンコの神様は地元ヘレスのアーティストの為にちゃんと青空を用意してくれました。

JAVIERFERGO_FLASHMOB2_2.jpg最終日に屋外で予定されていたマリア・デル・マ―ル・モレノ(Maria del Mar Moreno)の「フラッシュモブ」の日はご覧のように青空。これぞ「アンダルシアの青い空」です。その様子はこちらのビデオでどうぞ。今回のフェスティバルの"観客投票による作品賞"に、前回ご紹介した「De Cal Viva」選ばれたマリア。終了後も参加者や友人達に囲まれての眩しい笑顔が印象的でした。(左写真)

JAVIERFERGO_ABOLENGO_1WEB.jpg日を遡っていくと、大劇場ビジャマルタ劇場では、ファルキート(Farruquito)、アントニオ・マルケス(Antonio Marquez)、エバ・ラ・ジェルバブエナ(Eva la Yerbabuena)が登場。最後の3日間をがっちりとフラメンコで固めました。(右:ファルキートとカリメ)

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名門の血筋を意味する「アボレンゴ(Abolengo)」というタイトルが付けられた公演は、まさにその名の通り、偉大なる踊り手の血を引く二人が主役。ファルーコ(Farruco)を祖父にもつファルキートとカルメン・アマジャ(Carmen Amaya)が伯祖母のカリメ・アマジャ(Karime Amaya)の共演でした。ゴールドの衣装で登場の二人。まさに金の卵、サラブレッド達。カリメのサパテアードの逞しさは以前から定評があり、ファルキートとの掛け合いも見事。2枚目の写真を見て分かるように、手足の超スピードの動きに反して、頭は全く動いていません。この大地をに深く突き刺さったような軸の力強さには、まさにカルメン・アマジャの血が脈々と流れているのを感じます。(左上:エンカルナ・アニージョ(Encarna Anillo)とカリメ・アマジャ)

JAVIERFERGO_ANTONIOMARQUEZ_3WEB.jpg翌日のアントニオ・マルケス舞踊団公演。タイトルはズバリ「シエンプレ・アントニオ(Siempre Antonio)」。シエンプレとは「いつも、どんなときも、絶対」。ラフな感じに訳すと「なんてったってアントニオ」になるかも?!。5年前の来日の際に舞台裏を手伝わせていただいた当時とはメンバーがかなり変わっていたようでしたが、アントニオ・マルケスならではの定番はしっかりと守られた展開で本領発揮。今回もこの写真のポーズで、婚礼をモチーフにした第一部をしっかり締めました。

JAVIERFERGO_YERBABUENA_13WEB.jpgそして最終日は、エバ・ジェルバブエナの作品「ガルシア・セグン・ロルカ(Garcia segun Lorca)」。2002年以来、夏のグラナダの目玉行事となっている「ヘネラリフェ庭園でのロルカとグラナダフェスティバル(Lorca y Granada en los Jardines del Generalife)」で2011年に公演された作品を今回初のリバイバル。劇場という屋内スペースでやるのは初めてなので、二度目の初演とも言えました。 スペイン内戦で暗殺された詩人ガルシア・ロルカはアンダルシア地方のグラナダに生まれてグラナダで命を落としました。そしてエバも同郷。グラナダを訪れたことのある方は、アランブラ宮殿など多くの「壁」の存在が記憶にあるかと思います。グラナダにはこの実物の壁以外に、目に見えない壁、風習、階級、社会などの壁が存在し、それはロルカの作品の世界にも色濃く反映されています。歴史的にも他のアンダルシアと違った空気感があるのはそこに一因があるのかもしれません。そんなグラナダで育ったエバ自身も、幼い頃から「壁」の存在を意識していたと言います。壁に囲まれたその閉塞感から抜け出そうとしても抜け出せない。たとえ壁から出たからといって、外にバラ色の世界が待っているわけでもない矛盾、恐怖、絶望、かすかな希望。
「壁」を舞台セットに配し、ロルカの作品を再現するのではなく、ロルカの視線から見た世界を描いた作品でした。交流のあったブニュエル、ダリの世界もそこには映しだされて、ロルカが目にした抑圧された女性達の姿、そしてそこに自分自身の苦悩をも重ね合わせていたロルカの存在を感じました。JAVIERFERGO_YERBABUENA_7WEB.jpgエバ独自の世界は初見では解釈が難しいこともありますが、こだわったひとつひとつの動き、そしてフラメンコの曲種をストレートに踊るときのエバの迫力はさすがです。また舞踊団の4人のバイラオーラ達は見事に統一されたテイストでエバの分身のようでした。(右上:舞台セットの壁とエバ/左上:タンゴを踊るエバ)
この公演について書くとどんどん長くなりそうなので、他の公演もご紹介します。

エバ作品でも重要な役割を果たしていたカンタオールのホセ・バレンシア(Jose Valenci)のリサイタル「ソロ・フラメンコ(Solo Flamenco)」。フェスティバル中は前週の「アレルヤ・エロティカ」、そして2週目にこのソロコンサートとエバ公演が2日連続。さらにはエバ新作の初演も一週間後に控えていたスケジュールだったホセ。その守備範囲の広さにはいつもながら驚かされます。JAVIERFERGO_VALENCIA_1web.jpg8歳にしてフラメンコ通をうならせるカンテを歌っていた少年のキャリアは既に30年。深い包容力と確たる自信にみなぎったカンテ。ふんだんな声量とロングトーンの中で微妙に声のニュアンス色を変えていく実力は、マイクなしの現場で生まれたカンテ・フラメンコの歌い手としての資質の高さを裏付けます。ゲストには地元へレスのバイラオール、ホアキン・グリロを迎え、いつもながらのスリリングなカンテとバイレの掛け合いも満喫した一夜となりました。(右:ホセ・バレンシアとフアン・レケーナ(Juan Requena))

JAVIERFERGO_TOMASITO_3WEB.jpgそしてフェスティバル企画のラストのコンサートはトマシート(Tomasito)。前日の記者会見からトマシート独特の軽妙なアクションとジョークで笑わせてくれていましたが、本番ではさらにそれがヒートアップ。いえ、そうではなく、これが公演のタイトルである「トマシート・エン・エスタード・プーロ(Tomasito en estado puro)」つまり "トマシートの自然な状態"なのです。フラメンコ・ラップと別名はつけたくないのですが、シギリージャやソレアの重いフラメンコの曲種も独特の味付けでラップ調に歌い上げて踊ってしまう才能の持ち主。会場全体をすっかりトマシートのベースに巻き込み、最後は見た目も自然な姿になろうとしているのか...どんどん着ているものを脱いでいく弾けぶり。ちなみに、最後の一枚は無事でした。エバ公演を観た直後の公演だったため、"これ以上他のものは受け付けられないかも..."と案じていましたが、このトマシートのアルテには思わず頬がほころびました。人を楽しませる力のあるアーティスト、地元へレスが生んだエンターテナーとして一流の力量を発揮してくれました。

のべ 34.620人が140の催しに足を運んだ今年のヘレス・フェスティバル。このアンダルシアの小さな街、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラに世界40カ国から"フラメンコ"を求めて人が集まりました。並行して開催された44クラス(各クラス定員25名)への参加者は去年の30カ国から38カ国に広がり、トータルで1,085席が埋まりました。(ちなみに、日本からのクラス参加者の割合はトップの16%)年々高まるフラメンコへの関心と期待に応えてくれるフェスティバルであってほしいと願いながら、ヘレスを後にしたのが一週間前。
さあ、その後もフラメンコ・ウォーカーの道のりは続きました。また次回をお楽しみに!

FOTOS:JAVIER FERGO/Festival de Jerez Oficial

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