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第87回 フラメンコの炎が北上!バスク地方のフラメンコ・フェスティバルFlamenco On Fire 特集 Vol.1/ Reportaje especial Flamenco On Fire en Pamplona Vol.1

スクリーンショット 2016-09-01 19.11.45.pngスペインと言えば、「闘牛」と「フラメンコ」というのが定番でしたが、近年日本でもスペインバルが増えたり、スペイン人シェフの世界的な活躍で「グルメ」も注目を集めています。フラメンコの本場、アンダルシア地方にも、もちろん美味しいものはたくさんあるのですが、美食の街として有名なのはバスク地方のサン・セバスチャン(San Sebastian)。そこから車で約一時間の場所に位置するパンプローナ(Pamplona)も、その流れを汲んでグルメな街、そして何と言ってもサンフェルミンの牛追い祭りで有名な街です。そのパンプローナで開催されたフェスティバルについて、特集レポートいたします。

フラメンコがスペイン全土で盛んかと言えば、かつてはカスティージャ、アラゴン、グラナダ、ナバーロの4つの国に分かれていただけあって、それぞれの地方にはそれぞれの文化があり、フラメンコは、南のアンダルシア地方がメインです。しかし、遠く離れた日本にもフラメンコファンがいるように、たとえ北であろうとフラメンコが好きな人はたくさんいるはず。フラメンコ公演の数は、比較的少ないのですが、北の都市を回るフラメンコ公演のシリーズもあります。またフラメンコとの縁としては、ここパンプローナは、フラメンコギターの巨匠、サビーカス(Sabicas)の出身地でもあるのです。

パンプローナは、マドリードから電車で約3時間。歴史はローマ時代からと古く、約800年続いたナバーラ国の首都があった都市です。以前はテロで治安が心配されたバスク地方ですが、報道にも一部大げさな部分もあったようで、実際に訪れてみると穏やかな街のように感じられました。旧市街には歴史的な建造物が多く、バイオリニストのサラサーテが生まれた土地であることから、サラサーテ通りという広い遊歩道や、山口県山口市との姉妹都市の証としての日本庭園「ヤマグチ公園」など、緑もたくさん。バスターミナルからは美食の街、サン・セバスチャン行きの直行バスもあり、もちろん鉄道駅も近く。交通の便も良い場所でした。看板の表記などは、バスク語と普通のスペイン語(カステジャーノ)の両方で表記されていますが、スペイン語で大丈夫。むしろ、バルセロナの方がカタルーニャ語をよく耳にするくらいです。

onfireposter.pngさて、今年で3回目を迎えるフェスティバル、フラメンコ・オン・ファイヤー(Flamenco On Fire)。昨年の9日間と比べ、今年は5日間と短縮しましたが、中身はギュッと濃く、新しい試みも組み込まれました。昨年もプログラムが非常に豪華で、注目を集めていた新しいフェスティバル。私自身、参加するのは初めてなので、実際に体験した情報をもとにお届けしていきます。

フェスティバルのディレクター、ミゲル・モラン(Miguel Morán)氏は、若い頃はマドリードのタブラオ「CASA PATAS」で働いていたそうで、今から思えば夢のようなアーティスト達、エル・チョコラテ(El Chocolate)、チャノ・ロバート(Chano Lobato)、フアン・アビチュエラ(Juan Habichuela)、ぺぺ・アビチュエラ(Pepe Habichuela)、エンリケ・モレンテ(Enrique Morente)、アントニオ・カナーレス(Antonio Canales)らの"どフラメンコ"な公演の側で毎晩働いておられました。そしてそれから20数年たった今、「El Flamenco viaja hacia el norte(フラメンコ、北へと旅する)」というコンセプトでフェスティバルを創設し、当時給仕としてその舞台を垣間見ていたアーティスト達、そしてそれに続くトップアーティスト達を集結させて、北の地にフラメンコの「炎」を持ってくることに成功しました。

今年は8月24日から28日に開催。この期間、パンプローナは連日37度でしたが、なんと最終日の夜からがたんと気温が下がり、翌日には前日比マイナス10度以上。まさに、このフェスティバルは「Fire=炎」だったかのようでした。ミゲル氏曰く、「炎はこれで消えたわけじゃないんだよ。南に戻っただけで、来年またここへやってくるよ!」

スクリーンショット 2016-09-01 22.01.33.pngフェスティバルでは、メインプログラムが10公演、新しいシリーズの「バルコニーからのフラメンコ(Flamenco en los balcones)」が三箇所で計12回。カンファレンス4回、子供のためのフラメンコ公演、フラメンコに関するドキュメンタリーの上映が4回ありました。またアーティストによるワークショップも1にちから2日の単発ながら、アルカンヘル(Arcángel)、ファルキート(Farruquito)、ヘロニモ・マジャ(Geronimo Maya)、アネ・カラスコ(Ane Carrasco)らのファンには嬉しい講師陣で開催されました。踊りのワークショップ以外はすべてパンプローナの街の中の徒歩数分圏内。なのでハシゴも簡単にできます。セビージャやヘレスのフェスティバルも同じ街の中ですが、ここまでそれぞれの場所が近くはありません。また歩道も歩きやすく、広場にはバルもたくさんあり、過ごしやすい印象を受けました。フェスティバル期間中は、30軒のバルが提携してパンプローナのガストロノミーをアピールする企画、エル・ピンチョス・デ・サビーカス(ELPINCHOS DE SABICAS。ピンチョス=おつまみ)が開催され、各店一品ずつ出品。そのパンフレットも配布され、食べ歩きの楽しみもさらにアップされました。

JAVIERFERGO_ARCANGLE-EST_01.jpgフェスティバル初日。オープニング会場のガジャレ劇場(Teatro Gayarre)はパンプローナが誇る劇場。1903年に市立劇場(Teatro Municipal)から、パンプローナ出身の伝説のテノール歌手フリアン・ガジャレ(Julián Gayarre)にちなんで現在の名称に変わりました。クラシックな造りで、セビージャのロペ・デ・ベガ劇場を思わせる900席ほどの劇場です。公演は、アルカンヘル(Arcángel)とブルガリアン・コーラスによるコンサート「ESTRUNA」。

JAVIERFERGO_ARCANGLE-EST_05.jpgエンリケ・モレンテ(Enrique Morente)が最初に試みたこのブルガリアンコーラスとの共演。このコンサートは以前、セビージャのビエナルでも公演されましたが、その時のメンバーに新たに個性的なギタリスト、レブリハ出身のリカルド・モレノ(Rycardo Moreno)が加わりました。二つの音楽の対話であるこの公演は、美しく反響し合う女声コーラスの和音の中に、アルカンヘルが絶妙に切り込んでいく曲から始まりました。以前、自分の声をコンサート中に録音しながらハモっていくという難技をこなしたアルカンヘルの絶対音感はゆるぎなく、いつまでも聴いていたい美声も健在でした。曲はブルガリア、フラメンコの曲を共演で歌う他に、アルカンヘルとギタリストのダニ・デ・モロン(Dani de Morón)というフラメンコの伝統的なスタイルで、ソレア・ポル・ブレリア。他のメンバーも加わり、タンゴやアルカンヘルのアルバム収録のオリジナル曲、ガルシア・ロルカの詩でカマロン・デ・ラ・イスラの「時の伝説(Leyenda del Tiempo)」やエンリケ・モレンテが歌った「ニューヨークのオーロラ(la Aurora de Nueva York)も。またブ、ルガリアンコーラスチームは、ブルガリア民謡も聴かせてくれました。そして、アルカンヘルといえば、故郷ウエルバ(Huelva)のファンダンゴ(Fandango)! 終わるのが名残惜しい、素晴らしいコンサートでのフェスティバル開幕となりました。
その様子はこちらの映像で。
エストゥルナ
歌:アルカンヘル Arcángel
パーカッション:アグスティン・ディアセラ Agustín Diassera
ギター:ダニ・デ・モロン Dani de Morón/リカルド・モレノ Rycardo Moreno
コーラス:ニューブルガリアンボイス ジョージ・ペトロフ指揮 Las Nuevas Voces Búlgaras diriguitas por Georgi Petrov

JAVIERFERGO_DIEGOMORAO_02.jpg同日、23時30分からは「夜の公演シリーズ(Ciclo Nocturno)」が毎晩、ホテル・トレス・レジェス内のバンケット会場に特設されたステージで開催されました。各テーブルで飲み物やピンチョスも注文でき、終演後も会場内のバルはしばらく開いていて、帰宅の足が遅くなった人も大勢いたようです。初日はヘレスのギタリスト、ディエゴ・デル・モラオ(Diego del Morao)のコンサート。会場は満席。今回のフェスティバルばフアン・アビチュエラ(今年7月に逝去)へのオマージュということもあって、グラナダのギター名門ファミリー、ぺぺ・アビチュエラを始めとする面々も来場しています。
JAVIERFERGO_DIEGOMORAO_05.jpgギターソロから始まり、やがてパーカッション、カンテが加わると、そこはもうヘレスそのもの。バスク地方にいるのを忘れてしまいそうなノリ、ヘレスのスイングに溢れました。途中、翌日の公演に出演するためにパンプローナ入りしていたディエゴ・カラスコの飛び入りもあり、一層ヘレス感をアップされました。フラメンコと一口に言っても、土地によってノリや雰囲気の違いがあります。その中でも特にヘレスは、フラメンコの原点である歌=カンテを重んじる土地。そしてコンパス(フラメンコ特有のリズム)の聖地とも呼ばれているだけに、強烈な個性でたとえどこであってて、空気を変えるほどの力があります。(ちなみに11月には東京で日本人バイラオーラの大沼由紀さんがコテコテのヘレスのミュージシャンを招聘しての公演を開催されますので、ヘレスのコンパスを体験したい方にはお薦めです。)シギリージャは、「アーティストとしても人間としても尊敬していた」と言ってギターの巨匠、フアン・アビチュエラに捧げ、最後のブレリアは、「父モライート(Moraito)を思いながら皆さんに捧げます」と言って演奏。フラメンコという音楽が楽譜ではなく「人」によって作られ、伝えられていくもの。たとえ故人となっても、その「人」へのレスペクトがあってこそ守られていくものであることを実感した一コマでした。
'ディエゴ・デル・モラオ・コンサート'
ギター: ディエゴ・デル・モラオ Diego del Morao
セカンドギター:ぺぺ・デル・モラオ Pepe del Morao
パーカッション: アネ・カラスコ Ane Carrasco
パーカッション&パルマ:フアン・グランデ Juan Grande
パルマ: フアン・ディエゴJuan Diego
歌:マロコ・ソト Maloko Soto

では、続きは次号にて。

写真:ハビエル・フェルゴ© Flamenco On Fire /Javier Fergó
記載内容及び写真の無断転載はご遠慮願います。Copyright Makiko Sakakura All Rights Reserved.

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坂倉まきこ(Makiko Sakakura) プロフィール

1994年から10年間ラテンアメリカで過ごす。そこでフラメンコと出会い、本場スペインに通い始める。数多くのアーティストの舞踊クラスに参加する一方、カンテ、ギター公演も見逃すことなく各地で鑑賞。日本へ帰国後、スペインでの経験を活かし、コーディネーターとしてスペイン人アーティスト招聘企画やフラメンコ通訳、翻訳、執筆などに携わる。現在も日本〜スペインの往復を続けながら、フラメンコの広報活動に従事。主な仕事にアルカンヘル来日公演の企画制作、NHK「黒木メイサ スペイン フラメンコ 魂の踊りと出会う旅」コ―ディネイタ―、DVD「アントニオ・ガデスその人生と舞踊の倫理」字幕作成等。スペインのフラメンコ誌Guia FLAMA 日本担当(www.guiaflama.com)、2012年ビエナル・デ・セビージャ:ヒラルディージョ賞審査員。

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