先日、俳優の大杉漣さんがお亡くなりになりましたが、ここへレスの地で、スペイン人の口からもその話題が出ました。

フェスティバルの期間中、ヘレスでは踊りやギターなどのワークショップが開催されており、へレスの街には、公演に出演するアーティストだけでなく、教えに来ているアーティストも多く滞在しています。その中の一人、バイラオールのマヌエル・ベタンソにばったり再会。マヌエルは、開口一番「大杉漣さんが亡くなってしまったね。」

以前、マヌエルと今井翼さんとの対談の通訳をし、日を改めて翼さん出演のジャニーズのショーに一緒に行った際に、大杉漣さんがフラメンコに挑戦するという番組でレッスンを担当したのがマヌエルで、その時の様子を話してくれていたことを思い出しました。あまりの難しさに途中でギブアップしそうになったりと、真剣に取り組まれていたそうです。ご冥福をお祈りします。

今回は、シェリー酒のボデガ(ワイナリー)、ゴンザレス・ビアス社の敷地内で行われたコンサートをご紹介します。「フロンテーラの女性たち」と名付けられたシリーズです。フラメンコのカンテは、たとえ歌詞が聞き取れなくても楽しめるのは、歌手の「声」の持つ微妙なニュアンスと歌い方、表現方法によるものが大きいと思います。なので、フラメンコを聴くときは、より声の質や抑揚をキャッチできるヘッドホンやイヤホンで聴くのがお薦めです。本物のカンテは何かしら心に伝わるものがあります。タモリが中国語を真似ると、それらしく聞こえ、なおかつ面白いので人目をひきますが、言っている内容は何も伝わってこないのと一緒で、フラメンコっぽく歌うだけの表面的なカンテは何曲も聞きたいとは思えないものです。

一時間以上聞いても飽きず、名残惜しく終わるコンサート...このボデガでの3つのコンサートはどれもそれに当てはまります。

まずは、フェスティバル3日目に行われた、ロサリオ・ラ・トレメンディータ(Rosario La Tremendita)のコンサート「DELIRIUM TREMENS」。ロサリオは、2015年にロシオ・モリーナ(Rocio Molina)との公演「アフェクトス(Afectos)」で来日しました。(その際のインタビューはこちら

JAVIERFERGO_TREMENDITA_002B.jpgカンタオーラ(歌手)ですが、ギターもベースも弾けるロサリオ。黒のボンテージ風衣装に、カーリーなロングヘアーが決まって、カッコよく登場。舞台右手にはパーカッションのパブロ・マルティン・ジョーンズ(Pablo Martin Jones)、左手にはコントラバスのパブロ・マルティン・カミネーロ(Pablo Martin Caminero)の、Wパブロ・マルティン!カミネーロの方は2015年にロサリオ、ロシオ・モリーナと「アフェクトス」の公演で来日。ジョーンズは、マドリード生まれでご両親はアメリカ人。パブロが生まれる前からマドリード在住の父親はフラメンコギタリストでアグヘータにも弾いていて、母親はバイラオーラとして活躍していたそうです。こうなるとたとえ外国人の血とはいえ、パブロは既にフラメンコ2世です。

JAVIERFERGO_TREMENDITA_001B.jpgコンサートの内容は4つのコンセプト、ロサリオの言葉で言うと4つの"動き"で構成。カオス(混沌)、逃避、熱望、感謝で全13曲。うちほとんどがロサリオの作詞作曲。ロサリオのマイクの前にはKORGのキーボードとシンセサイザーがあり、後ろにはギターとベース。コントラバスのカミネーロの後ろにもベースギターがセットしてあります。幼い頃から、毎日フラメンコを弾き、歌って生きてきたロサリオは、金太郎飴のようにどこをどう切ってもフラメンコ。ベースを弾こうが、シンセをかけようが、その歌声はフラメンコです。どんなにアップテンポになってもこんこんと溢れ出すレトラ(歌詞)。声も数年前より深みが出てきて、よりフラメンコな震える声になっていました。
演奏の様子は「百聞は一見に如かず」ならぬ、「百文は一見に如かず」!まずは映像をご覧ください。

JAVIERFERGO_MARIATERREMOTO_002.jpg弱冠18歳ながら、亡き父譲りの力強いカンテで楽しませてくれたのは、地元へレス出身のマリア・テレモト(Maria Terremoto)。一昨年のビエナル(セビージャで2年に一度行われるフラメンコ・フェスティバル)でのコンサートでも触れましたが、オフでは可愛い普通の10代。ところが舞台に上がると、ぐっと女っぷりが上がり、ベテランの貫禄。舞台で化けるというのは持って生まれたスターとしての才能かもしれません。7人のミュージシャンを従えて、真っ赤なドレスでこの日も堂々と登場。パワフルな声量にマイクがハウリングを起こすほど。

JAVIERFERGO_MARIATERREMOTO_005.jpgコンサートのタイトルは「Raices」=根、起源。「自分がどこから来て、何者なのか。歌うことでわかってもらいたい。」というマリアは、2010年に41歳で亡くなったカンタオール、フェルナンド・テレモト(Fernando Terremoto)の娘。祖父はへレスのサンティアゴ地区にその胸像のある、フラメンコの歴史に残る名カンタオールのテレモト・デ・へレス(Terremoto de Jerez)です。「テレモト」とはスペイン語で「地震」を意味します。大地を揺るがすような声が特徴のテレモト家のカンテの後継者として、10代にしてその重責を担っているのがマリアなのです。前の週に祖母のマリア・マルケス(Maria Marquez)が逝去するという悲しいニュースもありましたが、きっとその歌声は旅立った家族にも届いたことでしょう。

ギターのノノ・ヘロ(Nono Jero)のソロを挟んで、薄いピンクのドレスに着替えたマリアは、ピアノ伴奏で、へレスの名カンタオーラ、パケーラ・デ・へレス(Paquera de Jerez)の歌った「ソレア・デ・ミス・ペサーレス(Solea de mis pesares)」を歌い上げます。その様子も映像に入っておりますのでご覧ください。

JAVIERFERGO_ROCIOMRQZ_002.jpg翌日のコンサートは、ウエルバ出身のカンタオーラ、ロシオ・マルケス(Rocio Marquez)。バイラオールのイスラエル・ガルバン(Israel Galvan)の公演でも演奏している、プロジェクト・ロルカ(Proyecto Lorca)の3人とのコラボで昨年発表したアルバム「FIRMAMENTO」を歌っていきます。なかなか大手のレコード会社がつかないフラメンコ界ですが、このアルバムはユニバーサルミュージックから出ています。

プロジェクト・ロルカは、ピアノ、サックス、パーカッション、マリンバは使いますが、フラメンコのコンサートには必ずあるギターは使いません。歌う曲は、フラメンコの様々な曲(タンゴ、ミロンガ、ブレリア、ミネーラ、シギリージャ、etc)をベースにドラマティックにアレンジされています。さらに、スペインの詩人、フェデリコ・ガルシア・ロルカ(Federico Garcia Lorca)の採譜したスペイン民謡を取り入れた組曲もあり、盛りだくさんの内容です。昨年、セビージャで初演の後、スペイン国立音楽堂、サン・セバスチャンなどでも公演されてきました。

JAVIERFERGO_ROCIOMRQZ_003.jpg体ぴったりの黒の全スパンコールのロングドレス姿のロシオ・マルケス。高めの声で、繊細で震えるように響いてくるのが特徴の声で、前述のロサリオやマリア・テレモトとは違うタイプです。フラメンコには何種類かの声の分類があって、自然なもの、かすれ声、そしてロシオのような繊細な声、どれもフラメンコにはありなのです。ブレスも非常に長く、細い糸がきれいに線を描いていく流れが見えるような声で、思わず拍手が沸き起こる場面もありました。自分の声を活かして、新たなカンテの世界を追求していこうとしているかのようなロシオ・マルケス。コンサートの様子は下記の映像をどうぞ。

それぞれのアーティストの個性のよく表れた3つのコンサート。"現代的な"ではなく、"現代を生きる"アーティストの新しい試みは、確固たるフラメンコのベースと豊かな知識があってこそ、フラメンコのエッセンスが失われずに新しい姿を見せてくれます。これからも彼女達のようなアーティストがどう進化していくのか、そしてフラメンコを守っていってくれることに期待しましょう。

写真/FOTO : Copyright to JAVIER FERGO/ FESTIVAL DE JEREZ
記載内容及び写真の無断転載はご遠慮願います。Copyright Makiko Sakakura All Rights Reserved.

3つの壁の乗り越え方

【フラメンコに行き詰まりを感じている方へ】

フラメンコ(カンテ/踊り/ギター/他)が難しい...
先行きが見えない...
壁を感じている...