オフィシャルプログラムだけでも、2週間で39公演が上演された2019年のヘレスのフラメンコフェスティバル。その他のコンサートやイベントを入れると合計50ものアクティビティ。そして合計49クラスのレッスンには世界40カ国から述べ1100人の参加があり、ヘレスの街にも様々な経済効果をもたらし、フェスティバルとしては大成功。数年前には存続が危ぶまれたこともありましたが、これからもフラメンコとの出会いの場として、発展していってほしいものです。

54518021_2359944807371434_4286888604250144768_n.jpgフェスティバルを総括する、アーティストに対する各賞も先日発表され、今年のPremio de la Cririca(=批評家賞)は、ルーベン・オルモ(Ruben Olmo)の「Horas Contigo」が」獲得。その他、カンタオーラのレラ・ソト(Lela Soto)がPremio Pellizco Flamenco、ホセ・マルドナード(Jose Maldonado)がArtista Revelacion、カニート(Canito)がPremio Guitarra con Alma)を受賞しました。また、観客の投票で選ばれるPremio del Publicoには、ダビ・コリア(David Coria)の「Anonimo」に贈られました。

滞在中は34公演の鑑賞にとどまりましたが、劇場内外での交流も含め、アーティスト達の「今」の様子をアップデートすることができました。今回のプログラムの中で、早くから話題になっていたのは最終日のイスラエル・ガルバン(Israel Galvan)の公演「El Amor Brujo」。日本語では「恋は魔術師」。スペイン人の作曲家、マヌエル・デ・ファリャ(Manuel de Falla)の有名なバレエ組曲で、初演は1915年です。

Israel Galvan.JPGイスラエル・ガルバンは、現代フラメンコに新しい流れを起こし続ける天才的ダンサー。しかし、今でもその根っこは、伝統的なフラメンコの本流にしっかりと根付いています。それゆえに、スペインのファンは、イスラエルがどんなアバンギャルドな作品を発表しても「フラメンコ」として注目し、楽しみにしています。日本の舞踏への造詣も深く、身体の全て、歯までも使って表現していきます。今年(2019年)2月には、山口県の山口情報芸術センター(YCAM)と人工知能でイスラエルのサパテアードを再現させて共演するという試みにも挑戦。公演を観に行きましたが、上から見下ろすタイプの客席の上方からで、視力も悪いこともあり、舞台上の人工知能で動かされている靴や装置が音を出しているのか、イスラエル本人がサパテアードを打っているのかが識別できず残念。公演後のポストトークで、イスラエルが「自分が死んでしまった後でも、僕のサパテアードは残るんだなあ。」とつぶやいていたのが印象的でした。高度な技術を駆使した緻密な作業の産物。本物のイスラエルの出す音とAIの出す音を間近で聴き比べたらきっと面白かったと思います。

さて、「恋は魔術師」を作曲したファリャは、フラメンコとのつながりが深く、1922年にはグラナダでフラメンコのカンテ・コンクールを開きました。そのコンクールの開催を求めるメンバーの中には、ファリャの他に作曲家のホアキン・トゥリーナ、詩人のフェデリコ・ガルシア・ロルカ、闘牛士のイグナシオ・サンチェス・メヒアスらも名を連ねていました。

「恋は魔術師」は13のシーンからなる組曲。ヒターノの男女の物語で、親の約束で結婚した元夫とカンデラ。そして、幼い頃からカンデラに想いを寄せていたカルメロと元夫の愛人のルシアが主な登場人物です。元夫は、カンデラと結婚していたにも関わらず、ルシアをめぐる争いを起こし、ヒターノの男達に刺殺されます。そして、その場にいたカルメロは罪をきせられ服役。出所後、カンデラの元に向かうと、今だにカルメラは元夫の亡霊に夜毎悩まされている。そのホセの亡霊を追い払い、二人が結ばれるために、ルシアを元夫の亡霊に差し出すという、ちょっと怖い内容。

「恋は魔術師」は、スペイン音楽を代表する曲となり、オーケストラ+ピアノ+歌でよく演奏される他、舞台や映画でもモチーフとしてよく使われてきました。カルロス・サウラ監督のフラメンコ三部作のひとつも「恋は魔術師」で、主役はもちろんアントニオ・ガデス

イスラエル・ガルバン版は今回が初演。毎作品、独特の発想と振り付けで観客を楽しませてくれるだけに、今回はどんなサプライズがあるのか?!期待はすれども、予想はできずという状態で公演前日の記者会見を迎えました。

会見でのイスラエルは「マヌエル・デ・ファリャの恋は魔術師を踊るんだよ。」とは言いますが、それ以外はあまり内容を話したくなさそうな空気が...。他の共演者のコメントも今ひとつ多くを語ろうとはしません。「原曲は25分しかないから、劇場公演するに当たっては少なくとも1時間はないといけない。だから、時間を延ばすために、ファリャが生きていた当時の曲も使う」ということは、はっきりと言っていました。

53865594_2342711239094791_5861521398484172800_n.jpg「ファリャの原曲は一音たりとも変えていないよ。オリジナルのまま。」と意味ありげに言うイスラエル。ミュージシャンは、ピアノのアレハンドロ・ロハス-マルコス(Alejandro Rojas-Marcos)とカンテのダビ・ラゴス(David Lagos)。そして、踊りにはイスラエル・ガルバンともう一人、エドゥアルダ・デ・ロス・レジェス(Eduarda de Los Reyes)。女性の名前です。イスラエルと共演するバイラオーラにしては聞いたことのない名前。とっさに会場でネット検索しても情報は皆無。記者の一人が「このバイラオーラって?」と質問すると「母の姉妹だよ」と。

公演当日。ビジャマルタ劇場のお客入れが始まると、舞台上には、黒のサングラスをかけた金髪の女性がうつむいて椅子に座っています。赤い手袋、黒い羽織物の下には白のブラウス。そして黒のロングブーツ。近年の舞台演出ではよくある手法。幕が上がっている舞台上で、出演者が板付で開演ベルを待っているというパターンです。

隣の席の地元の知り合いに「あれ?イスラエルじゃない?」と言うと「いやいや、あれは女性だろう!」と。それほど違和感なく似合っていたのです!...もうお分かりですね。

54414044_2342710995761482_3548123631991128064_n.jpgサロン(居間)でファリャの「恋は魔術師」を聴いている"エドゥアルダ"という一人の女性が、この曲を踊っていきます。音楽を聴いていて、ふと踊りたくなったり、歌詞によって身体が動いたりすることはありませんか?きっと、そんな感覚なのでしょう。そこはまさに、エドゥアルダの部屋。そこではいろんなことが起きていきます。
彼女の頭の中で、旋律から沸き起こるイマジネーションが渦巻いて、カンデラとなって亡き夫の亡霊と自分を愛する恋人カルメロとの間で揺れ動き、悩み、闘い、愛し合う女と化して踊ったり...ストーリーを語るように踊っていきます。

53535790_2342710992428149_6499521082154811392_n.jpgピアノが原曲を忠実に弾き、ダビ・ラゴスが通常は女性歌手が歌う「悩ましい愛の歌(Cancon del amor dolido )」「きつね火の歌(Cancion del Fuego fatuo)」を歌います。そして、"エドゥアルダ"は、ひたすら踊ります。25分間たっぷり、時には椅子からズレ落ちたり、馬乗りになったり、赤いショールを使ったり。この曲の持つストーリーを踊りには女である必要があったのでしょうか。"彼女"の動きも全て音楽と呼応。そして表情までも!

53761175_2342711109094804_623383815473070080_n.jpg25分間の「恋は魔術師」の後も、セニョーラ・エドゥアルダの部屋でのパフォーマンスが続きます。すっかりノリノリになった彼女は、今度はラジオから流れてくる曲を聴いているうちに、自然に身体が動いて踊りながら過ごしていきます。ラジオから流れてくるようにエフェクトがかけられたマイクで、ダビ・ラゴスがファリャも聴いていたであろう当時のフラメンコ歌手、パストーラ・パボンやアントニオ・チャコンの歌った歌を再現していきました。

公演の一部はこちらのビデオでご覧ください。

では次回以降も、ヘレスで観た公演について、引き続きご紹介していきます。

Presentacion Flamenco On Fire2_Javier Fernandez.jpgさて、今年の夏も恒例となりましたスペイン北部、パンプローナのフラメンコフェスティバル「Flamenco On Fire」のプログラムが発表されました。

発表会見は、マドリードの老舗タブラオ「コラル・デ・ラ・モレリア( Corral de la Moreria)」を貸し切って行われ、出演するアーティストや関係者が勢ぞろい。今年のポスター、プログラムの発表やマリア・テレモト(Maria Terremoto)カルロス・デ・ハコバ(Carlos de Jacoba)の歌とギターで、エル・ファルー(El Farru)が踊るなどのパフォーマンスもありました。

Ketama.jpg今年の日程は8月20日から25日の6日間。バルアルテ劇場とホテル・トレス・レジェス内に設営されるタブラオでの公演は下記の通り超豪華なラインナップ。前述のイスラエル・ガルバンが、このフェスティバルでも最後の夜に登場します。全てが目玉公演なのですが、解散後長年のブランクを経て再結成し2月からのツアーで入場券売切れが続発中のケタマ(KETAMA)のコンサート。

Jose Merce y Tomatito.jpgトマティート(Tomatito)、ホセ・メルセー(Jose Merce)という大物二人が組んで製作したアルバムと同タイトルのコンサートが音楽ファンにとっては待ち遠しいところです。劇場でのバイレ(舞踊)公演は昨年よりも増え、世界的に人気のバイラオーラ、サラ・バラス(Sara Baras)、ロシオ・モリーナ(Rocio Molina)の二人が登場します。

例年通り「バルコニーからのフラメンコシリーズ」も催され、無料でパンプローナ旧市街の市庁舎、ホテル、サビーカスの生家前で、普段はチケットを買わないと聴けないようなアーティストによるフラメンコ音楽が楽しめます。その他、ジャムセッション、マスタークラスやカンファレンス、そしてスペインの北といえばグルメ。「El Pincho de Sabicas(エル・ピンチョ・デ・サビーカス)」という企画で、フェスティバルオリジナルのピンチョスを街中の各バルが競作して、店頭に並べます。

Sara Baras.jpg現在発表されている公演プログラムは下記となります。

<バルアルテ劇場(Teatro BALUARTE)の公演>
  Grandes Concierto シリーズ(21時開演)

8月20日 サラ・バラス(Sara Baras) "Sombras"
8月21日 ケタマ (KETAMA) "No estamos locos tour"
8月22日 ホセ・メルセー&トマティート(Jose Merce y Tomatito) "DE VERDAD"
Rocio Molina.jpg8月23日 ホルヘ・ドレクサー&ロシオ・マルケス(Jorge Drexler y Rocio Marquez)
"Aquellos puentes sutiles"
8月24日 ロシオ・モリーナ(Rocio Molina) "Caida del Cielo"
8月25日 イスラエル・ガルバン (Israel Garvan) "Fla.co.men"

<ホテル・トレス・レジェス(Hotel Tres Reyes) の公演>
  Nocturnoシリーズ(23時30分開演予定ですが、バルアルテ劇場の終了時間に影響される場合あり)

Farru.jpg8月20日 ランカピーノ・チコ (Ramcapino Chico) "Por mi amor al arte"
8月21日 カルロス・デ・ハコバ&ダビ・デ・ハコバ(Carlos de Jacoba con David de Jacoba) "Alpaca Real (Guitarra Flamenca)"
8月22日 フアン・デ・フアン(Juan de Juan) "'Armonia'"
8月23日 エル・ファルー(El Farru) "En Concierto"
8月24日 マリア・テレモト(Maria Terremoto)"La Huella de mi sentio"
8月25日 パロマ・ファントーバ(Paloma Fantova)"Mi Verdad"

チケットのお求めは、こちらのサイトから(←クリックすると英語の申し込み画面が出ます)

または、直接会場に電話で。
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BALUARTE
? 月曜?土曜 11:00 am to 2:00 pm and 5:00 pm to 8:00 pm
? 日休日: 5:00 pm to 8:00 pm
電話番号: +34 948 066 060

EL HOTEL TRES REYES
電話番号: +34 948 226 600
メール:comerc@hotel3reyes.com

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