大沼由紀のバラよ、荒野に咲け!

眼鏡作りが教えてくれた「緩ませる」という視点

1年半くらい前だったか、ある日突然眼に痛みを感じ、それから眼の中で常に光が行ったり来たりするようになった。最初は右眼だけだったが、その3か月後くらいに左眼もそうなった。本を読むことが好きだったが、紙面に光が走って集中出来ない。パソコンなどの画面を長時間見続けると、光の量が増え焦点が合わなくなる。

眼科で検査をしたが、これは加齢やストレスなどから起きる光視症という疾患で、治らないから慣れるしかない、網膜剥離になる可能性があるからそうなったら来て、と帰された。治療方法がないなんてまさか、と思い大きな病院に行ってみたが、飛蚊症と光視症の説明が書いてある紙を渡されて、治らないからこれを読んでおいて、で終わり。
 
 漢方の名医と言われる先生のところにも言ってみたが、「今も光が見えてるの?」「はい。」「あなた、それは辛いわよ。」と、眼科ではこれっぽちも言われなかった慰めの言葉にホロっと来たが、処方された漢方では改善されなかった。
 
先日、小さい頃から眼鏡無しではとても生活出来ないという生徒が、いい眼鏡屋さんがあって自分はそこで作ってるんです、と言うので、ふと興味が湧いた。視力的には裸眼での生活に不自由はない私だが、舞台など遠方は見難く、老眼もあって手元、細かい字は辛い。新規の予約は難しいということだったが、約2ヵ月後の今月やっと行くことが出来た。

そこではまず、私の症状を詳しく聞いた後に細かい検査をするのだが、視力検査の定番、マルのどこが空いているかというやつも、レンズを変えながら繰り返し何度もやる。たとえ分からなくても、適当に上とか下とか言ってくださいと言われるのだが、ちゃんと見えていないのに答えを言うのが、これが意外に難しい。つい、「分かりません。」と答えてしまう。

「適当でいいですからね、言ってみてください。これは?」
「うーん・・・、じゃあ、右。」
「これは?」
「(ほとんどあてずっぽで)上!」
「そうそうその調子。見えてますよ。」(ほんとかい?)

その他にもたくさんの検査をするのだけれど、最後に分かったのは、眼鏡士さんは、私の受け答えを聞きながら、私の見方や状態も診ていたということと、眼球を動かして眼のストレッチをさせていたということだ。

「小さい時から視力がいい人というのは(私も2,0あった)、視力が落ちて来た時に、見えるはずだ、もっとしっかり見なくてはいけないと考えます。」と言う。「はい、私も眼がよかったので、」というと、「いえ、それは決して眼がよかったわけではなく、たまたま遠くがよく見えていたってことなんですよ。」と言われ驚いた。遠くまで見えるということと、眼がいい、つまり眼が健康であるということとは違うということか。

「今までなんでもよく見えていた人は、歳と共に見難くなると、自分は見えるはずだから頑張って見なくてはと、眼にかなりの力を入れて見てしまいます。常に力を入れて見ているため、負担がかかり、眼球が硬くなってしまう。視神経は脳と密接に繋がっているため、自律神経を乱し不眠や不調を引き起こす人も多いです。」

私もひどい不眠に悩まされ、睡眠薬が手離せなかった。

「ここで作る眼鏡は眼を休ませるため、眼を緩めるためです。」

眼の負担を軽減し緩ませることで、視力が上がる人もいるそうだ。光視症が治るとは言われていないが、眼がいい状態になれば、光視症、不眠などが軽減されるかもしれない。

時間をかけて合うレンズを選んでもらい、今度はそれをかけて店の外を見る練習をする。
「どうですか?人や木や花がどう見えますか?」
「はい、遠くの木の葉っぱの一枚一枚はっきり見えます」
「いや、そうではなくもっと漠然と見てください。人がいるなー、木があるなー、くらいでいいんですよ。認識出来ればいいんです。」 

漠然と見る。その言葉は私にはものすごく新鮮だった。

DSC_0212.JPG40歳を過ぎた頃から、踊る身体自体が良くないと踊りは良くならないと自覚し、様々なボディワークも勉強し、身体と向き合って来た。しかし、どう休ませるかには着目して来なかった。ストレッチのたぐいも勉強して来たが、休ませるというよりは、気持ちよく身体を伸ばして、しなやかに動くためだった。眼鏡屋さんで言われたことは、眼だけではなく、私の身体全体のことにも当てはまることだと思った。

喉から手を入れて内臓を掴まれるようなカンテヒターノに惹かれて、あれを踊るとしたらどういうふうだろうと考えて来た。そして細部まで突き詰めて観察し考えるのが私なりの方法だ。しかしフラメンコは何と言っても強い。外側の見える強さだけではなく、身体と精神にかける圧も強い。強いものを相手にしているから、こちらにかかる負担も相当だ。ぐっと締め付けたら緩ませる、細部を突き詰めたらその後は全体を漠然と見る、そのバランスをうまく取りながらやっていくことが必要なのだろう。

眼鏡は慣れるまで少しずつ、無理はせずに1日1時間でも、と言われたが、すでに家にいる時は室内用を常にかけている(作った眼鏡は、手元から2メートル位までが良く見えるもの(室内用)と、いわゆる遠近両用(外出用)の2本だが、老眼が始まっていない人は1本でOK)。裸眼の方が楽なので違和感はあるのだけれど、眼が緩んで光が見えなくなるといいなーという一心で、頑張ってかけてしまっている。うーむ。この頑張る性分はなかなか直りませんね。

これを書き終わったら眼鏡を外し、目を閉じることにしよう。

  • Yahoo!ブックマークに登録する
  • はてなブックマークに登録する
  • livedoorクリップに登録する
  • FC2ブックマークに登録する
  • Buzzurlブックマークに登録する
  • del.icio.usブックマークに登録する
  • ニフティクリップに登録する

大沼由紀 プロフィール

フラメンコ舞踊家。日本大学芸術学部卒業後、フラメンコに出会い佐藤佑子に師事。1992年渡西。 ラ・トナ、アナ・マリア・ロペス、アンヘリータ・ゴメス等に師事。約3年のスペイン生活の中、特にヘレスのフラメンコに強く惹かれ、現在の自身の舞踊スタイル、教授スタイルへと結びついている。99年、中野にエストゥディオ・ブレーニャを開設。カンテを愛し、フラメンコの真髄へと突き進むその真摯な姿勢と深いアルテでカリスマ的な人気を誇る。
タグ :
関連記事
  1. 眼鏡作りが教えてくれた「緩ませる」という視点
    1年半くらい前だったか、ある日突然眼に痛みを感じ、それから眼の中で常に光が行った...
  2. 1日1時間の10年と1日10時間の1年
    庭に生えている草など取って、 ガラスの瓶にほおり込む。 適当にやっても何故かさま...
  3. 三位一体への最初の一歩~ブレーニャコンサートに寄せて~
    3年ぶりのブレーニャコンサートが、3月6日に無事終了した。生徒が出るという意味で...
  4. 音から踊りへ
    フラメンコ舞踊を習い始めたのが27歳と遅いスタートの私は、子供の頃からバレエをや...