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昨年11月に、渋谷のアップリンクファクトリーという小さな箱で、「杢」と名付けたライブをした。ジャズフルート、サックス、ピアノの即興演奏、ホルンやアナログシンセのシーンなど、フラメンコのスタイルを借りずに、ただただ聞こえたものを踊り、踊りが音を誘う、ということをした。

音から踊りへ

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フラメンコ舞踊を習い始めたのが27歳と遅いスタートの私は、子供の頃からバレエをやっていた人が羨ましかった。単純にまず、あの方達は軸が安定していてブエルタがうまい。私なぞ、ブエルタ=目が回る、そんなレベルのスタートだった。31歳の時、アントニオ・ガデスの映画にも出て来る、あの古いアモール・デ・ディオスに半年通ったが、出るクラス出るクラスどこでもひどい劣等生だった。

フラメンコに興味を持ち、27歳で佐藤佑子先生の門を叩いた。31歳で渡西。最初は、フラメンコという未知のものへの期待感、出来なかったことが出来るようになるというシンプルな達成感、踊りへの憧れなどが楽しさを増幅し、文字通り夢中になった。しかし、渡西してから先は、フラメンコを自分が踊るということに対してずっと格闘し続けてきたように思う。