スローフラメンコは、人との、自然との繋がりを重視して、「我」が「他」と共に楽しむ生活アート。 スローフラメンコは、エゴではなくエコ。そしてそのコンパスは、「わ」(和/輪/環/話)とえん」(縁/円)なのだ。

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フィエスタのブレリアが恐いと思っているあなたへ。


こんにちは!


ブレリア発祥地へレスに20年のスローフラメンカ飯塚真紀です。

(あらら・・・
前回のブログからまたまたかなり久しぶり
の更新になってしましたね・・・苦笑)


・・・ところで皆さん!

ブレリアの発祥地へレスでやられているような、
気軽で自由で即興的なブレリアが苦手だったりしませんか?

日本に帰国してクラスを開いた時に、
フィエスタの即興のブレリアが恐怖なんです、
という悩みもたくさんの人から聞いたのです。

苦手、恐い・・・だけど本当は・・・


楽しく気軽に自由にブレリアを踊りたい!

できたら即興とかインスピレーションのブレリアを楽しんで踊る!


・・・が夢だったりしませんか?


実は、その悩みにお答えできるちょっと非常識な練習方法があるんです。


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こんにちは!

またまた、
あまりにも久しぶり過ぎてしまって

思わず、

きゃあああああああああ。


と叫んでしまいたくなるほどです。


私のこと覚えていらっしゃいます?苦笑。

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私が自殺する日が迫る!?

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うわあ、久しぶり!

なんと、
5ヶ月振り。

そのうち3ヶ月は
日本に一時帰国。

9月半ばから
12月半ば。

こんなに長く滞在したのは
2005年以来。

そして
ヘレスに帰ってから
早くも1ヶ月以上。

一体、
何してたん?


臆病者も変わるもんだね

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1996年当時、
スペインの首都、
マドリッドでの留学生活の続き。

私は午前中が語学学校で、
午後は踊りのクラスを2つとっていた。

1996年、
いよいよマドリッドでの
フラメンコ長期留学がスタート!

フラメンコ雑誌『パセオフラメンコ』に連載していた
『ハポネサ留学生日記』の当時の文章を読みながら
初心(ういういしい心)を振り返ってみるとする。


ヘレスの自宅の本棚には
フラメンコ雑誌『パセオフラメンコ』のバックナンバーが
ずらっと並んでいる。

26歳で留学してからの数年間、
ハポネサ(日本人女性)留学記
『今日も元気にフラメンコ』
という連載を書かせてもらっていた。

そのバックナンバーを手にとって読んでみる。

うわっ、懐かしい。

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ネットがない時代の留学準備

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スペインへの留学を意識し始めてからの4年間、
お金を貯めること
情報を集めること
をコツコツと続けていた。

90年代、
まだインターネットが一般的ではなかった時代だ。
そう、手紙の時代です。

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(日本にパコ・デ・ルシアが来日したとき、打ち上げに潜り込ませてもらってうれしいの図)

47歳からのフラメンコinヘレス

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昔の話を数回にわたって書いてきたけど
今回は今現在のことを書いてみる。

理由は、今日の気分がそうだから。

2016年2月17日、
ずっと意識してきた母の年齢になったよ。
そう、もう決して歳をとらない彼女と同い年になったの。
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フラメンコ漬けの生活スタート

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22歳だった私。
まだフラメンコのことを何もわかってはいなかったけれど、
母の死をきっかけにスペイン留学を決意。

25年前、留学を決意した理由は

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(前回からの続き)

セミナーに関する話は他にもたくさんあるんだけど、
キリがないので、
それはおいおい話していくことにする。

今回は
留学を決意するに至ったことを書く。

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