飯塚真紀のスローライフ・フラメンコ

ネットがない時代の留学準備


スペインへの留学を意識し始めてからの4年間、
お金を貯めること
情報を集めること
をコツコツと続けていた。

90年代、
まだインターネットが一般的ではなかった時代だ。
そう、手紙の時代です。

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(日本にパコ・デ・ルシアが来日したとき、打ち上げに潜り込ませてもらってうれしいの図)


月間情報誌『パセオフラメンコ』を隅々まで読むのと
留学して帰ってきた人たちを捕まえることで
現地の情報を得ていた。

数年間アルバイトしていたその『パセオ』では
お茶くみ、買い出しなどの雑用仕事から
併設していたショップの担当者になっていた。

そして、
有難くも正社員採用のお誘いを受けた。

疲れを知らない熱血男児、小山社長に

「今さらプロを目指すよりも、
うちで日本のフラメンコ界のために働いたらどうだ」

と口説かれかけた、笑。

この頃のフラメン界の若手プロの踊り手たちは
幼少からフラメンコをしていた人は少ないまでも
他のダンスから転向してきた人が多かった。

つまり、踊る体がすでにできている人たちだからこそ
大人になってから始めても
バイレフラメンコのプロになれたのだ。

私は21歳でカルチャーセンターにて
軽い気持ちでフラメンコの踊りを始めるまで、
ダンスの経験は全くなかった。

あえて利点を探すならば
小中学のときの体育の評価が
割とよかったかなという程度だな、笑。

プロになれるという自信は

『ない』

あるのは

『今やりたいことを、今やるのだ』

という決意のみ。

口説かれて(?)
ちょっと気持ちがぐらついたものの、
社員の件はお断りして留学準備に専念する。

さて、

「スペインのどこに留学しよう?」

マドリッドには『アモール・デ・ディオス』という
いろんな教室が集まる貸しスタジオがあるそうだ。
基礎だけやるクラスもあるらしい。

日にいくつもクラスが効率よくとれるうえに
自主練習もその場でできる。

そしてなによりも、
マドリッドではコンサートがたくさんあるらしい。

日本の知り合いがいたこともあり、
この都市のフラメンコ情報は
スペインの他の場所よりも入手しやすかった。

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マドリッドの貸しスタジオ『アモール・デ・ディオス』のクラス情報掲示板

「どのくらい留学しよう?」

ダンサーとしての体を持っていない初心者。
(よく言えば『マイペース』というらしいが)
しかも、のろまで天然ボケタイプな私。

踊りの経験がすでにある人よりも
何倍も時間がかかることは分かっていたので
1年程度では到底身につかないだろう、と自己判断。

だから、最低4年間と決める。

「いくら必要だろう?」

長期留学の設定で節約生活した場合の
毎月かかるであろう費用を計算する。

当時のスペインはユーロではなく
ペセタだったので物価はかなり安く
しかも日本円が強かったのには助けられる。

バイトで貯めた以外にも
母がこの世に残してくれた私へのお金が少しあり、
それを全て使わせてもらうことにする。

母は結婚資金にとでも思っていたのかもしれないが、
今好きなことをやることに使わせてもらう。


「スペイン語は?」

気後れする性格だし、
語学は不得意だから
日本で少しでもやっていかないと飢え死にするかも、笑。

ちょうど『パセオ』のお店で
スペイン語のクラスが始まったところだった。

働いているものの役得。
破格値で個人レッスンをお願いする。


留学準備がちゃくちゃくと進む中、
当時編集長だった西脇さんに
「現地の様子を伝えるような、留学生日記みたいのパセオに連載しない?」

と提案された。

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飯塚真紀 プロフィール

スペイン在住20年(内へレスに17年)のスローライフ・フラメンカ。スペイン政府給付留学生、文化庁芸術在外研修生としてフラメンコを学びプロの踊り手 として活動を続けていたが、2005年「スローイズビューティフル」という本に出会い、踊り手としてのステージ活動を休止。その後は「スローフラメンコ」 と題してありのままの自己を尊重し受け入れるフラメンコをワークショップを通して紹介している。2007年ヘレスにて地域通貨グループ『Red de moneda local Zoquito』を立ち上げ、運営に携わる。予約制の自宅レストランでは、季節の有機野菜で和洋折衷なヘルシー料理を提供している。
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