山羊と共に荒野をさすらうカンタオール、それがエル・カブレーロ(山羊飼い)だ。黒いソンブレロに赤いスカーフで悄然とたたずむ姿は、まさに「夕陽のガンマン」そのもの。時代と共に消えゆくフラメンコの美学を、21世紀の今も身体を張って伝える、頑固一徹なアーティストの一人だ。

 今年はデビュー40周年を迎え、スペインで旺盛に全国ツアーを展開。67歳(1944年10月19日生まれ)とは思えない精力的な歌いぶりが目立った。そのカブレーロが、去年約15年ぶりに発表した新譜「パストール・デ・ヌーベス」が、先日アクースティカに遂に入荷! これはファンならずとも必聴の一枚である。流しの剣豪のような渋い音を放つ、ラファエル・ロドリゲスの伴奏も聴き所満載である。
 さて、冒頭のリビアーナ・イ・セラーナは、スペインを代表する反戦詩人ミゲル・エルナンデス(1910~1942)に捧げた曲。スペイン内戦終了後、共和国軍側だったミゲルは治安警察に逮捕され、31歳の若さで獄死したが、その詩は貧しい民衆の生活を描いた傑作ぞろいである。家畜売買と放牧という父の仕事柄、ミゲルは幼い時からカブレーロとして働いていたのだった。タイトル「カブレーロからカブレーロへ」にはそうした偉大な先人への敬意がある。ミゲル・エルナンデスの生き方は、スペイン共産党大会で反戦カンテを叫ぶカブレーロに深く通じるものがあるのだ。
 アルゼンチンの歌手、オラシオ・グアラニーのカヴァー「Si se calla el cantor」も、いかにもカブレーロらしい選曲。ややテンポを速めた得意のカンシオン・ポル・ブレリアで熱唱する。
「歌手が黙っていれば/人生も沈黙するのだ/人生そのものが全て歌だから」
「歌手が黙っていれば/バラは枯れちまう/歌なくして何のバラなのか/歌はつねに人々を照らしだす/大地の光であれ」
「すべての旗を掲げるのだ!/歌手が雄叫びを上げるそのとき/幾千ものギターが夜に血を流す/終わらない永遠の歌に」(抄訳)
 代名詞であるファンダンゴも勿論だが、本アルバムで特に惹かれたのは、シギリージャやトナーのような、古いプーロ(純粋正統)なパロ(曲種)である。黒さに深みが増し、ときに伝説の巨匠、フアン・タレガ(1891~1971)に聴こえるほど、ヒターノとパジョ(ジプシー(ロマ)と非ジプシー)の境を超えた雰囲気を醸しているのだ。ツアーから戻ると、一目散に山羊と原野に出ていくというカブレーロ。タレガも最晩年まで家畜売買の仕事を続けたといい、人生をかけた芸術(アルテ)が、いよいよ頂きに近づいているのだろう。
 熱く血がたぎるこのアルバムを聴いていると、神津島特産の焼酎「盛若」に手が伸びた。伊豆七島の中でも水量が豊富で、かつ清冽な水で仕込んだ、樫樽貯蔵の麦焼酎だ。まろやかで、絶妙なコクとバランスは唯一無二。ロックでもストレートでもいける。これを飲んだ若い漁師が元気溌剌になったとの昔話が、「盛若」の名の由来だという。
 盛若を再び口に含む。太平洋の波の音が聞こえ、神津島のシンボル的存在である天上山が、切り立った岩肌を露出させ屹立する。その雄大で荘厳な姿が、瞼の裏でどうしてもカブレーロと重なるのだ。

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