5月26日大手町の日経ホールで行われた「逢坂剛カディスの赤い星ギターコンサート」。今回で5回目を数えるこの公演は、ユニークな企画、キャスティングで毎回ギターファンを楽しませてくれる人気のシリーズ。この日の出演者は、1回目から毎回出演の沖仁、クラシックギターの新星木村大、そしてベテラン・フラメンコギタリストの飯ケ谷守康。フラメンコを愛する直木賞作家逢坂剛の軽妙なトークを道案内に、3人が演奏していく。


コンサートの口火を切った木村大のソロにいきなり釘づけになった。透明感と骨太な音圧とを併せ持った音色、多彩な指さばき、情熱的なリズム、ソロなのにまるで2重奏を聴いているかのような音の豊かさだ。こんなクラシックギターがあったのか。木村大といえば、クラシックギターの最高峰といわれる東京ギターコンクール(1996年)で僅か14歳のとき優勝。デビューアルバムではクラシックでは破格の5万枚というヒットを記録した新世代のトップギタリストだが、聞きしに勝るツワモノだ。
続いて登場した沖仁とのデュオも素晴らしく、特に「サマープレスト」は、技巧とパッションを併せ持った二人のダイナミックな一曲で、一度聴いたら忘れられないインパクトがあった。
一部の後半は、飯ケ谷のフラメンコギター・ソロ。
ギタリストのほとんどは踊りの伴奏者として活動するフラメンコの世界で、飯ケ谷は伴奏ではなくソリストとしての展開に重きを置いて活動してきた人。70年代初頭にパコ・デ・ルシアの曲を日本人で初めて演奏したのも彼だ。数あるレパートリーの中から、この日はパコの「パティーニョの思い出」、メルチョールの「タンギージョ・デ・カディス」そしてオリジナル曲「祈り」と「追想」の4曲を弾いた。還暦を過ぎたベテラン・ソリストの演奏は衰えを感じさせない早弾きもさることながら、温かい情感に包まれたもので、技術とはかくあるべきという説得力を私は感じた。
2部に入り、再び沖仁が登場。
ここ数年の沖の活躍には目覚ましいものがある。今や沖は、ギター1本で大会場を沸かせる日本フラメンコ史上初のスターだ。毎年行われるこの公演では、沖のその時々の成長を目の当たりに感じることができた。この公演シリーズでもそれ以外でも新たな挑戦に挑み続けてきた沖だが、この日の彼は、ホームグランウンドに戻ってきたというような自然体。師セラニートに捧げられたファルーカ、ブレリア、即興で弾かれる「スーパームーン」そしてタンゴの4曲を演奏した。
そして、飯ケ谷と沖のデュオ。新旧二人のソリストの競演は、古くからのフラメンコギターファンにはたまらない感慨があったのではないか。そしてさらに木村も加わり超絶トリオの「スペイン」へと上り詰める。
最後はナビゲーター逢坂のギター。会場から画家でありカンタオールとしても人気の堀越千秋氏を舞台に招き入れ、ソレアを伴奏。来場していたフラメンコ関係者も交え出演者全員でブレリア。大きな盛り上がりのうちに幕を閉じた。
 
なんとも盛りだくさんのプログラム! 20分の休憩をはさんで3時間の長丁場だったが、要所要所にナビゲーター逢坂と出演者たちとの軽快なトークが差し込まれ、それが程良い緩急を作って飽きさせない。観客は三人三様の演奏を通して、ギターの多様な魅力を満喫した。
 
最後に舞台裏を少し。この公演シリーズには、実は陰の立役者がいる。公演を主催してきたテレビ東京ミュージックの太田修平さんだ。太田さんは大学時代からフラメンコギターを弾いていたアフィシオナードで、テレビ東京時代からフラメンコ、とりわけフラメンコギターの魅力を世に広めたいと尽力されてきた。沖仁の才能にもいち早く着眼し彼のメジャーシーンでの活躍を支えてきた人の一人でもある。この公演シリーズには、太田さんのフラメンコギタ―への温かい視線が根底に流れている。太田さんがこの公演シリーズでこだわったのはベテラン世代のフラメンコギタリストを紹介することだった。沖が代表する若い世代と先の世代とが繋がり交り合うことから、双方にプラスの刺激が芽生えるはずと思われていたのだろう。「僕は古いギターが好きなんですよ」とことあるごとに口にし、キャスティングもまたその意志を貫かれた。
公演シリーズの冠に自身の代表作「カディスの赤い星」を提供し自らナビゲーターを務める逢坂さんもまた、広く知られたアフィシオナードで、「パコはわからないね」と公言してはばからない硬派。古き良き時代のフラメンコギターをこよなく愛する二人の思いが結びあって、このギターコンサートは続けられてきたのだ。
テレビ東京ミュージックの社長、会長、取締相談役を経て、太田さんは今年、めでたく退職される。集客が難しいフラメンコギターのコンサートをなんとか定着させたいと赤字覚悟で続けられた公演シリーズである。ここまで続けてくるには、太田さんの力は限りなく大きかったはずだ。フラメンコの中で行われるギターコンサート自体が少ない中で、より広い層に向かって発信してきたこのコンサートの意義はとても大きい。これまでの太田さんの仕事に敬意を表すとともに、この素晴らしいコンサートが継続して行われることを願ってやまない。
※今晩(6月12日)21時からBSジャパンでこのコンサートが放映される。お時間ある方は、どうぞご覧ください。
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