アントニオ・カナーレスが個人のスタジオ・コンサートで踊る?!
それだけで、すでにニュースだ。
7月14日から3日間渡り、鈴木敬子さんのスタジオで開催されてた鈴木敬子とアントニオ・カナーレスのスペシャルライブ。
これは何かが起こるぞっ! 最初にこのライブのことを知った時、私はそう直感した。


鈴木敬子は、彼女の世代の先陣を切って、若い頃から精力的に劇場公演に取り組んできた人。
カナーレス、ハビエル・バロン、エル・ミステーラなどスペインのトップアーティストを招聘し共演してきた。
カナーレスとは93年、96年に共演、彼を芸術監督に招いて公演を行ったこともある。
当時、時代の寵児として君臨していたカナーレスとの競演は大いに注目され、鈴木敬子の存在を特別なものにした。
鈴木敬子はカナーレスとの親交をずっと築いてきたのだ。
それにしても、彼女の、一個人のスタジオでカナーレスが踊るなんて、普通ではありえないことだ。
そのことの意味を、鈴木本人が一番自覚しているに違いない。
彼女の大きな舞台はすべて見てきた。何度も彼女を取材したきたし、
一時期彼女のスタッフとして仕事をしていたこともある。
この得難いチャンスの意味を、「君のスタジオで踊りたい」と言ったカナ―レスの心意気を
(このライブはカナーレスからの申し出で実現したという)
漫然とやりすごす鈴木ではない。
いや何より、カナーレスとの舞台を開催するためにはいかほどのエネルギーが必要か、
身を持って知る鈴木だ。、
今回のライブ開催には、万感の思いがあるはずだ。
そして彼女は、その思いをフラメンコで見せてくれるに違いない。
フラメンコに対するこれまでの鈴木の努力と献身が、きっと実を結ぶ...。
前置きが長くなったが、これが私の直感の中実だ。
果たして、いかなるライブだったか?
15日昼の部を見に行った。
オープニングはカナーレスと鈴木敬子のパレハでハレオ。
群舞でソレア・ポル・ブレリア。
ミュージシャンたちによる一曲を挟んで鈴木敬子のソロはアレグリアスとソレア。
カナーレスのシギリージャ。
そしてラストはパレハでタンゴという構成。
カンテはミゲル・バダホス、ギターは高橋紀博、ICCOU、パーカッションに海沼正利とい強力な布陣。
数十名の観客席は満員。
スタジオ公演とはいえ、音響も照明も専門のスタッフがきっちり裏を固めていた。
一曲目のハレオからものすごいポテンシャルだった。
カナーレスの強烈なオーラは、
スタジオの空気を熱狂させるにあまりあるのだ。
共に横に立つ鈴木敬子のエネルギーがまた尋常ではない。
そして、私はこの日、かつてみたことのない鈴木敬子のバイレを目にした。
なんという凄み、なんという豊さ、なんという歓喜!
鈴木敬子はこれまでだってトップクラスの実力の持ち主だ。
鍛えられコントロールの効いた身体が作りだす美しいフォルム。
心地よく刻まれるサパテアード。
カンテ、ギターへの深い傾倒。
フラメンコを踊るという強固な意志。
そうした完璧なまでの技術とガッツの陰に
見えにくくなっていたものがひとつだけあると
私はそれまでの鈴木に感じていた。
それは、体内から溢れこぼれ出る生々しい感情だ。
訓練された肉体と美しい容貌から発せられる彼女のオーラは
どこかクールで冷たいものに感じられたのだ。
それは、安っぽい感情の吐露を嫌う彼女の潔さ、美意識だったのかもしれない。
彼女の捨てきれない防衛本能のようにもみえた。
かたくなな少女のように硬いつぼみのまま最後の皮一枚がむけきらないもどかしさ、とでもいったらいいのか。
だが、この日の彼女は違った。
なんと豊かな表現力であることか。
鈴木敬子のほとばしる熱が、ストレートに伝わってくる。
赤裸々な、赤裸々にして神々しい、バイラオーラ鈴木敬子がそこにいた。
これは、鈴木敬子の人生だ。
彼女がフラメンカとして歩んできた道だ。
彼女は自身の人生を生き、フラメンコを極めようとする道のりの中で、
ついに堅いさなぎの殻を破り、大きな変貌を遂げたのだ。
そう確信するこの日の鈴木のバイレだった。
さらに驚いたことに、
彼女の身体は、以前よりもそぎ落とされ
踊りの切れ味、スピード感、瞬発力がさらに一段増していた。
彼女のキャリア、年齢を考えたら、普通ではありえないことだ。
蓄積された豊かな精神世界は鍛え上げられた肉体に裏付けされて
圧倒的な説得力でこちらの心臓を鷲掴みした。
彼女が踊るアレグリアスの向こうに
命の喜びがキラキラと輝いていた。
さて、アントニオ・カナーレス。
この人は、本当に天才肌な人なんだと、あらためて実感させられた。
カナーレスならではのユニークな、これまで見たことのない振り、動きが
この日もたくさん出てきた。
カナーレスの場合、そうした振りが、頭で考えられたものではなくて、
音楽に反応して自然に身体がうごいてしまった、というふうに見える。
最近は色々なフラメンコがでてきているので、
振付も様々な工夫や試行がほどこされているものが多いが、
カナーレスは、そうした流れとは一切関係ないところにいる。
いやもしかしたら、
カナーレスといえども、斬新な振付に七転八倒しているのかもしれないが、
彼の動きには、作為や思索よりも感情(身体の感情)が常に優先されている。
あくまで直感的、本能的、動物的、必然的なオリジナリティ!
これってやっぱ天才だよね。
ただそこに立つだけでフラメンコ
そう感じさせてくれる偉大なマエストロは、
この日も、所狭しとばかりに炸裂するエネルギーで怪物ぶりを見せつけてくれた。

アクースティカ倶楽部

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