スペイン国立バレエ団(以下バレエ団)の全国ツアーが、各地で感動の渦を巻き起こしている。アントニオ・ナハーロ芸術監督の下、21世紀の舞踊団へと変貌を遂げたバレエ団は、今年の公演でも如何なくその真価を発揮している。
ツアーの幕開けとなった東京・上野文化会館での公演のさなか、初日から3日目の開演前に、ナハーロ芸術監督にインタビューすることができた。
指定された時間に楽屋を訪ねると、彼はまだ舞台の上で入念にリハを行っている。予定の時間をかなりすぎて、汗だくになったナハーロが楽屋に戻ってきた。「ごめんなさい。すぐに準備しますから」との言葉と笑顔を残してシャワールームへ。数分度、手際よく準備を整えた彼は、精悍なたたずまいで再び私たちの前に現れた。


■バレエ団には変革が必要だった
―― 今日は初日から3日目ですが、念入りにリハをされてましたね? すでに何十回も上演しているプログラムと思いますが、開演前のリハはいつもこんなふうなのですか?
ナハーロ もちろん! 芸術に終わりはありませんからね。僕も舞台に上がってダンサーたちに指導しています。
―― さて、あなたが芸術監督に就任してから、国立バレエ団は大きな変貌を遂げたと感じています。私は20年以上バレエ団を見続けてきましたが、昨年の来日公演は、21世紀の舞踊団へと飛躍したことを実感する画期的な公演でした。特に感じたことは、舞踊団団員たちのレベルが一段と高くなっていたこと。それともうひとつは、プログラムの斬新さです。その変化があなたの芸術監督としての手腕がもたらしたものであることは明らかでした。あなたか芸術監督就任後、バレエ団を改革するために取り組んだことはどんなことですか? 
ナハーロ 私はまず、芸術レベルの改革(変化)、ダンサーたちのレベルアップ、公演にかける予算を変える事などに取り組んできました。芸術レベルの改革では、新しい振付家を招いて振付をしてもらいました。この4年間に15人の振付家が彼ら独自の"言語"で新しいピース(場面や踊り)を振付ました。そして常に、新しい作品と舞踊団のレパートリー(定番の演目)とのバランスをとりながらやっています。我々はどこから来て、そしてどこへ向かっているのかを表すために。
―― その効果は非常によく出ていると思います。
ナハーロ バレエ団は、新しい観客、特に若い世代をもっと引き寄せる必要があったんです。そこで、まず最初に僕がやったことは、スペイン国立バレエ団のイメージを今の現状に合わせてアップデートすることでした。別に何かモダンな感じにしようとかいうのではありません。ただシンプルにアップデートするだけ。スペイン国立バレエ団を知らない人たちに知ってもらうためにね。次に、Facebookやツイッターなどソーシャルネットワークを活用するように励みました。そうすることで、より多くの人々、世界中の人々に、スペイン国立バレエ団の中はどうなっているのか知ってもらうようにしたのです。リハーサル風景やダンサーのインタビュー、作品の解説や制作のプロセスを公開して知ってもらうように。以前のバレエ団では、情報はほとんど外に出ていなかったからね。
najaro1.jpg―― 年齢的にも若く、就任したばかりのあなたが、そうした改革を次々と実現できたのはなぜでしょうか?
ナハーロ 私はバイラリンとして4年間スペイン国立バレエ団に在籍していたことがあり、一舞踊団員から始め、やがてソリスタに、その後第一舞踊手になりました。バレエ団の振付をしたこともある。つまり、スペイン国立バレエ団をよく理解していたのです。さらに、その後9年間自分のカンパニーを持っていました。そこでは売り込みや広報にも従事して自分のカンパニーの運営に関わるすべてをやりました。そうした経験から、舞踊団が芸術的にも興業的にも成功するためには何をしなくてはいけないかを知っていました。
国立バレエの芸術監督は以前は文化省の大臣が選んで、任命していたんですが、4年前私が選ばれたときは、初めてバレエ団の芸術監督の立候補者を受付ることになったんです。10数人の舞踊専門家による評議会が結成され、スペイン国立バレエ団の監督を志願する者は、自由に自分の企画を提出することができた。そして17の企画案の中から私のものが選ばれたのです。バレエ団を率いるにあたって、このやり方は非常に明確で正当だと思います。
-― あなた自身もバレエ団の体制としても、変革の準備ができていたのですね。
ナハーロ 私は国立バレエ団に対して並々ならぬ愛情を感じているし、バレエ団にはたくさん変えるべきことがあると思っていたんです。
―― あなた自身とても優秀なダンサーでありますが、芸術監督就任に際しては、自身は踊らないと宣言されてます。 
ナハーロそうです。踊りませんよ。
―― それはどうしてですか?
ナハーロ バレエ団改革のためにやっている全てのことをやりきるために、芸術監督に専念する必要があると考えているからです。もし踊らなければいけないとなると、自分の集中力の大半をダンサーとしての自分に使ってしまうことになってしまうでしょう。今、監督として行っているリハーサル、ダンサーのケアや育成といった仕事がおろそかになってしまう。バレエ団を率いるという責任を引き受けた以上、その仕事に専念するべきと私は考えています。
でも、毎日二時間、個人的には自分のクラスで踊っています。踊るための体は保ち続けていたいですからね。
―― あなたの踊りを見たいという声も数多くあると思います。踊り手として舞台に立つ予定はないのですか?
ナハーロ 今のところ、スペイン国立バレエ団を率いている間は踊りません。この仕事を終えたときには、もちろん踊りますよ。踊る事が懐かしくて仕方ないんだ。でも、インタビューの最初に君がスペイン国立バレエ団が大きく変わったと言っていただろう? もし私が踊っていたら、その変化はあり得なかったよ。なぜなら、今のように多くのこと、つまり、監督指揮、振付、技術、照明、ダンサー達のエネルギーなどに目を配ることができてないだろうから。
繝懊Ξ繝ュ(C)J Robisco.png■アーティストのパーソナリティが芸術に革命をもたらす
―― 日本では特にフラメンコが人気で、フラメンコのファンが数多くいます。あなたにとってフラメンコは、スペイン舞踊の中でどんな位置を占めているのでしょうか?
ナハーロ スペイン舞踊はエスクエラボレーラ、フォルクローレ、クラシコ・エスパニュールとフラメンコからなっています。私にとってフラメンコは、その他の三つのスタイルのスペイン舞踊と同じ重要度。日本に限らず海外ではフラメンコが最も人気が高いのは事実ですが、スペインにはフラメンコ以外にも非常に豊かな舞踊のスタイルがあって、それをお見せしていく義務が我々にはあります。日本の皆さんにもフラメンコ以外の舞踊の魅力をもっと知ってほしいですね。
―― 昨年および今年のプログラム構成を見て感じたことは、スペイン舞踊の歴史、伝統へのリスペクトと、新しい作品作りに対する意欲です。あなたの中で、スペイン舞踊の伝統と革新はどのようなバランスで考えているのですか?
ナハーロ 私はどんな振付を行なう時にも、なにか新しいものを作ろうと考えることはありません。なぜなら、ダンスもファッションや絵画や映画と同じように、すでに創られたものだからです。私の意見ですが、「創られたもの」の違いを生み出しているのは、アーティストのパーソナリティです。私の振付家としてのパーソナリティが、私の作品を生み出すのです。
例えば「セビージャ組曲」を創るにあたって、私はアイデアと自分のパーソナリティをもって取り組みます。それを見た観客は、何か新しいものと感じるかもしれません。だけど、私は新しいものを創ろうと考えていたわけでないのです。何かを創りたいというだけ。
真の実力のあるアーティストというのは、自らのパーソナリティによって芸術に革命(変革)を起こしていると思います。革命を起こそうと狙ってやっているわけでない。それぞれのアーティストの内面にあるパーソナリティが革命を起こさせていくのです。
―― では、あなたが振り付けをする時に、最も大切にしていることは何ですか?
ナハーロ メッセージです。観客に伝えたい何か、その思いが大事なんです。だから、公演を観た後どんな状態で観客が会場から出て行くか、とても気になります。
――それぞれの振付に違ったメッセージを込めているのですか?
ナハーロ そう、まさにその通り。たとえ、そこにストーリーはなくても、メッセージは常に存在します。ある感覚や繊細さをもって...
anislav.JPG■ナハーロ芸術監督が語る公演プログフラムの見所

―― 今回の公演いついてお聞きします。今回上演されている「ボレロ」は、ラファエル・アギラール作品を復活させたものです。アギラール作品を上演した意図は?
ナハーロ ラファエル・アギラールへのオマージュのためです。私は、バレエ団の芸術監督になってから、たくさんの新しい振付家に作品を依頼しました。同時に、古い世代の振付家の作品もたくさん復活させたのです。アントニオ・ガデス作品やその他フォルクローレ、それもかなり昔のスペインものを。なぜなら、今までのクリエーターに対するレスペクトも我々にとってとても大切だと思っているからです。今我々がここにこうしているのは、彼らのおかげなのだから。
―― 昔の作品を復活させるときに、大切にしていることは何ですか?
ナハーロ 全てを忠実に再現できるように最大限の努力をすると同時に、クリエーターのパーソナリティも出せるように努めています。ダンサーたちは以前の人たちとは同じではないし、現代はテクニック的には非常に向上しているから、作品にはもちろん違うところもありますよ。でも、コンセプトはまったく同じです。来年にはグラン・アントニオのオマージュ作品を予定しています。
―― まもなく(11月20日から)日本初演となる「アレント」と「サグアン」の見所を教えてください。まずは、あなたが振付けた「アレント」から。
ナハーロ 「アレント」は、私の今までの芸術的キャリアの中で最もクリエーターとしての私を表している作品といっていいでしょう。とても冒険的な振付で、フラメンコ、スペイン舞踊をジャズ、ブルース、ソウル、そしてアルゼンチンタンゴともフュージョンさせました。衣装はスペイン人デザイナーのテレサ・へルビッグ。とても新鮮なインスピレーション、そして前衛的です。女性はより女性らしくセクシーに、男性は革の衣装もあったりと、バレエ団としてはとてつもなく新しい試みに挑戦しています。
―― それは楽しみですね。では、「サグアン」について。
ナハーロ 「サグアン」はフラメンコの作品で、マルコ・フローレス、メルセデス・ルイス、ラ・ルピら、今とても活躍しているアーティストにを振付を依頼したものです。そしてブランカ・デル・レイの「マントンのソレア」を復活させたのです。これも前述したように、新しいクリエーションであると同時にフラメンコ界の至宝であるレパートリーへのリスペクトを作品化したものです。この作品を創るにあたってはブランカ・デル・レイを招待し、我々に彼女の歴史、経験、人生を語ってもらいました。こうしたことは、若いダンサーたちの魂を豊かにするためにとても大切なことです。
―― なるほど。ところで、今回は1ヶ月あまりの長い日本滞在ですね。日本にいる間に楽しみにしていることなど何かありますか?
ナハーロ 昨日、素晴らしい生け花の展示会に行きました。日本にいる時は、日本の文化にどっぷり浸るようにしています。料理、着物、生け花...、どれも素晴らしい。全てのものが創造のインスピレーションを与えてくれます。日本のアーティストたちと話したり、もの作りの現場へいったりするのも楽しい。さまざまな日本文化に触れるのが大好きなんだ。 
―― 今日は、開演前の貴重な時間をありがとうございました。ますます、バレエ団のこれからが楽しみになりました。ツアーの最後を飾るオーチャドホールでの東京公演も必ず伺います。
ナハーロ こちらこそありがとう。会場でまた会いましょう。

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