パコ・デ・ルシア追悼特集 その2 私的パコ・デ・ルシア論  飯ヶ谷守康(ギタリスト)

去る2月26日、突然の訃報によって、とてつもない喪失感に襲われた。
あのパコ・デ・ルシアが逝ってしまったのだから‥‥。
 パコを失った今、改めてパコが我々に提示してきた音楽について簡単に考えてみたい。
ただし、ここで論じることは、あくまでも個人的な見解であり、また”フラメンコの世界の外側にいる人間”としての立ち位置・立場を踏まえながらのお話しになることを、予めお断りしておきたい。なぜなら、音楽に国境は、ある意味、歴然と存在しているのだから‥‥。


親父さんの意向で子供の頃からギターを与えられ、主にニーニョ・リカルドに師事し(何年習っていたかは訊きそびれた‥)、フラメンコの基本を学んだと言われている。リカルドの一番弟子と言われているマリオ・エスクデーロから直接聞いたパコに関する様々なエピソードの中にも、その話しは出ていた。
パコのソロデビュー盤(ドーナツ盤)での演奏は、ファルセータも弾き方も、紛れもなくリカルドと、少しばかりのエスクデーロとアビチュエラそのものだ。
その後、先達たちの演奏技術、曲作り、そしてフラメンコの作法?といったものを、直接的、間接的に自分の引き出しに保存していった。いつでも引き出せる状態で……。
この時点で、パコはすでに”普通のギタリスト”レベルに達してしまっていたらしい。そのことは、その後のフォスフォリート等のカンテ伴奏からも理解できる。
しかし、パコはその位置に甘んじることなく、そこを新たな出発点と捉え、誰も挑戦していなかった音の世界へと船出した、
また、10代中頃から20代前半までに、仕事を通じて様々な音楽的経験を積んだことも、そこで大いなる刺激をパコが受けたことも事実であろう。
特にジャズミュージシャンのペドロ・イトゥラルデとの仕事では、パコ自身は簡単なフレーズしか弾いてはいないが、改めて自分の音楽的な立ち位置を強く再確認できたのではないかと思う。このことが、以後、大胆なフラメンコの革新を成し遂げつつもフラメンコの本質とは離れなかった一つの所以になったと思う。
試行錯誤の日々の中でパコのフラメンコに決定的とも思える大きな影響を与えたのがカマロンと、そして両用ギター(通称ネグロ)との出会いであったことは想像に難くない。
カンテの邪魔をしない程度に紋切り型の合いの手を弾く、唄い手の感性に従ってファルセータを弾きリズムを刻む‥‥これが普通のフラメンコギタリストとしての仕事である。
しかし、カマロンはパコに”新しいこと”を要求し続けた。ギターを伴奏としての位置から共演、協演、そして競演するという考え方でお互いのフラメンコをぶつけ合って行った。昔のアントニオ・マイレーナやアントニオ・チャコン等とメルチョール・デ・マルチェーナとの関係と比べてみれば、その違いがはっきりと理解できるだろう。
狭いスペインから広い世界の音楽シーンに出るきっかけになったのが、例の”二筋の川”だったことは、何とも言い難いのだが(何故なら、ラス・グレカスという女性デュオの流行り歌をパクッタだけだから‥)。
とにもかくにも、このルンバがきっかけで、あのスーパーギター・トリオに繋がっていったことは、更にパコに音楽的な刺激を与え、自分の立ち位置の再々確認のきっかけになったに違いない。
フラメンコといえば、乱暴に言えば、モノトーンの世界だと思う。
呼吸感、濃淡、そして強弱(‥といっても表現したい”何か”が無ければ話にならないことは当然なのだが‥)。
パコはそこに色彩感、そして”うねり”等を加えてきた。別の言い方をすれば、”黒を黒として表現する”だけでなく、”黒の中に、あらゆる周波数・波長の色を見つけ出す、或は感じ分ける”という手法を、はっきりとした方法論を我々に提示してきた、それも挑戦的……。このことこそがパコの凄いところ、そして多くのフラメンコ・アーティスト達から愛され、そして尊敬される所以だと思う。
しかし、黒を黒と表現しなかった時、”伝統派”の多くはそれはフラメンコじゃないよ!”と決めつけもした。
更に、それまでのギタリストとの決定的な違いのひとつに挙げられるのが、高度な技術だろう。しかしこれも、初期の頃は”パコは技術だけだ、フラメンコを理解していない‥”と言われていた。これはただ、観客たちの”心の耳”が、パコの緻密さに追いつけなかったことも起因しているだろう。もちろん生理的な好みによることもあるかもしれない。心静かに聴くにしたがって耳が慣れてくれば、パコの生み出すフラメンコが、まさしくフラメンコであり、パコと同じ時代を生きている私たちの代弁者であることに気が付くだろう。
パコが良く使うコードは、一見ジャズ風に聴こえるものもいわゆる理論的な意味でのジャズの方法論・手法は、一切使わずあくまでもフラメンコの伝統的な手法にのっとってその極限的展開に挑んでいる。パコのギターから紡ぎ出されるメロディは、”未だ識らない古い哀しみ”に満ちている。形式美、様式美においては、一部の実験作を除いては、しっかりと堅持し守りぬいている。パコのギターは、まさしくフラメンコそのものと言えるだろう。
これらの手法に対して、多くのギタリストたちは驚きと畏敬の念を感じざるを得なかった。
そうして、パコは”神”になったのだ。
パコをテレビで聴いてギターを始めたピセンテ・アミーゴをはじめ、パコの影響を受けた、ギタリストは大勢いる。しかし、パコの登場から40年あまり、いまだパコを超える”革新者”は登場していないように思う。パコが行った革新は、今や伝統になりつつある。果たして、パコの敷いたレールを、更に先に延ばしていくのは誰なのか、その先にある展開はいかなるものなのか、楽しみである。
写真:高瀬友孝

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