昨年に続き、今年もロシオ・モリーナが来日する。
ロシオを知った初期の頃、2004年のニューヨーク、シティーセンターや翌年の日本でのフラメンコ・フェスティバル(「ガラ・フラメンカ」でエル・グイト、メルチェ・エスメラルダ、ヘラルド・ヌニェス、カルメン・コルテス、ラファエラ・カラスコらと共演)では、ボランテ(スカートのフリル)のついた"いわゆる"フラメンコ衣装やバタ・デ・コーラで、素晴らしく完成度の高い正統派フラメンコを踊っていた。当時、弱冠20歳だったが、そのベビーフェイスと年齢に似合わない老練さ、パストーラ・インペリオやカルメン・アマジャの姿を思い起こさせるような瞬間があったのが印象的だった。


そして、私のロシオへの評価を決定づけたのは2007年の「アルマリオ(Almario)」という作品。(映像リンクはこちら
1時間半、一度も舞台から消えることなく、舞台上で衣装を変え、たった一人で8人のミュージシャンを相手に踊り続けた。アルマリオ=タンスの中から幾つものアルマ=魂を引き出しながら。髪を下ろし、黒の革ジャンとボンテージ風のミニ丈ワンピースに膝下までのブーツ姿で登場した最初のシーンから、今でも鮮明に思い出されるほど衝撃的だった。
こういう体の線がはっきりと分かるミニマムでシンプルな衣装で踊るようになってから、ロシオを"コンテンポラリー"と称す人たちが出てき始めた。しかし、本人もいつもインタビューで答えているように、コンテンポラリーダンス出身でもなければ、習ったこともない。
ロシオ&ロサリオコンテンポラリーという言葉を「現代の」と単純に訳すならば、今の時代を生きている彼女はコンテンポラリーの人。しかし、ダンスのジャンルとしては、たとえ衣装はジャズやモダンなど現代ダンスのようなものであっても、フラメンコのバイレを知った上でロシオの踊りを見ればそうでないことは分かる。
それは、フラメンコの「軸」が通っているからだ。モダンダンスから来た人は、リズム感も良く器用にフラメンコのパソ(ステップ)を拾う。動きも大胆で派手なので一見、世間一般の「情熱的なフラメンコ」に見えるかもしれない。しかし、頭の先から足の先までを貫く軸が全く違うのだ。どんなに激しいサパテアードを打っていようと、体の向きが変わろうと、ブエルタ(回転)しようと、軸はまっすぐに大地を貫いている。フラメンコにもケブラーダ(折れた形)というテクニックはあるが、それは一瞬のもの。他のジャンルのダンスとは異なる。
そういう観点から、ロシオのバイレはフラメンコどっぷりの私が見ても、母国語はフラメンコだなと思えるし、混同されてしまうのを残念に思うのである。あのミニマムな衣装の上に、典型的なフラメンコ衣装を着ている姿を想像してもらえば、きっとお分かりいただけるだろう。ちなみにこちらでバタ・デ・コーラで踊るロシオの姿が見られます。
続く、ミハイル・バリシニコフを膝まづかせた「オロビエホ(Oro viejo)」、「ダンサオーラ(Danzaora)」などでも、彼女のスーパー・バイラオーラぶりはさらに発揮され、ロシオ・モリーナの個性が確立していった。
その後、2013年に発表されたのが今回の来日作品「アフェクトス(Afectos)」。バイレ、カンテ、コントラバスという3人だけの構成。ギターはカンテのロサリオ・ラ・トレメンディータが弾き語りで使う。がっつりのギターとカンテが好きな私としてはやや物足りない気持ちもあり、さらに、視力に問題があったときに大劇場での後方席からの鑑賞。期待していたロシオ公演だったが、正直、初見では作品を掴みきれずにいた。公演が終わると同時に多くの人の鳴り止まぬスタンディングオーベーション。何かを見落としてしまったような心残り感を持って劇場を出た。
ロシオモリーナ舞踊団 来日公演その後、2014年春の日本公演「ロシオ・モリーナ10年の軌跡」の際、スタッフとしてバックステージを手伝うことになった。前年の来日の際に行ったメディア向けインタビューの通訳から始まり、公演来日時のアテンドなど。そして開演直前には、舞台袖での早変わりのアシストを頼まれ、本番での100%アーティストとしての彼女のすぐ側にいることとなった。
1分もない早変わり。今、袖に戻って次の衣装を着たと思ったら、もう次の瞬間には舞台で激しいサパテアードを打っているという驚異的なスピードと集中力。
舞台上のロシオだけを観ていると、クールなイメージを持つ人が多いようだが、それはこの集中力と真剣なプロ意識から醸し出されるもの。人としては、繊細で、好奇心旺盛。歌舞伎やアニメなど日本の文化にも興味津々で、目にするもの、触れるものすべてから、常に何かを吸収して感性を豊かに保っている人という印象をもった。
そんな彼女がたった三人だけという超親密な空間を作品とした「アフェクトス」。もっとじっくり観られたら、彼女のバイレとフィロソフィーの両方を楽しめただろうにと思うようになった。
幸いにも、初演から一年後の録画映像を観ることができた。75分間、ずっと舞台上にいて、ブレリア、ソレア、ペテネーラ、グアヒーラ、タンゴ、ルンバ、ボレロ...と様々な曲種を正真正銘フラメンコで踊るロシオの姿。体の線がはっきり出る衣装。隠すことなく、全てをさらけ出す勇気ある姿勢だ。普段は見えないバイラオーラの体の使い方を惜しみなく見せてくれるという意味では、絶好の教材とも言えるかもしれない。
サパテアードの最中も、ブエルタや全ての場面でフラメンコの「軸」が、まっすぐにズバっと貫かれ、体のパーツの動きひとつひとつには、フラメンコのエッセンスが込められている。バイレ・フラメンコの様々な動きが、曲種ごとに次々と出てきて、彼女の引き出しの多さを物語っていた。
そしてタイトルの「アフェクトス=愛情」が示すように、踊りへ、カンテへ、音楽へ、そして共演者へ注ぐ愛情、感情に溢れているのが伝わってきた。
その後、この作品は50回以上再演を重ね、その度に新たな息吹を与えて来たという。今年3月に、様々なジャンルのダンスや音楽に敏感なアンテナを立て、いち早く良い作品を上演することで知られるバルセロナの劇場のトップと話す機会があった。彼はロシオの作品の中で「アフェクトス」が一番好きだと言っていた。そして、今の成熟した「アフェクトス」をもう一度観てごらんと。
アメリカでも、バリシニコフ・アートセンターにも招聘され好評を博した作品となった。最新作「ボスケ・アルドラ(Bosque Ardora)」では、フラメンコ作品で初めてファンタジーの世界を見せてもらった。宮崎駿の大ファンであるロシオならではの演出で、ファンタジーを通じて現実の世界の苦しみや歓び、矛盾や差別と闘う女性を描いた。この作品はスペインのプレミオマックス最高振付賞を受賞した。共演しているバイラオールが「自分のソロリサイタルよりもエネルギーが必要」というくらい、ドラマティックで高度なバイレが展開されている。フラメンコには様々なタイプのアーティストが存在するが、ロシオ・モリーナは唯一無比という言葉が当てはまる超一流アーティストの仲間入りをしていることは間違いない。
これからも、彼女のアルテ(芸術)の行く先に注目の眼を向けていきたい。
「アフェクトス」東京・大阪公演の詳細情報はこちら

3つの壁の乗り越え方

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