ビエナルフェスティバルの公演が行われる会場の一つにホテル・トリアナがあります。ホテルという名称は、ここがかつてホテルとして機能していた頃の名残で、今では、日本でいう長屋、スペインの場合はパティオを囲んだコの字型の集合住宅で、普通に人が住んでいます。

IMG_7708.jpgのサムネイル画像その中庭を舞台に、2夜連続で「マラガ」「へレス」というタイトルの公演がありました。フラメンコはアンダルシアで生まれましたが、アンダルシアの中でもその土地ごとに個性があります。マラガは、海あり山ありの土地柄、特に山岳地帯を発祥とする曲種が有名です。残念ながら、「マラゲーニャ」は誰のレパートリーにも入っていませんでしたが、バイラオーラ、ラ・ルピ(La Lupi)がマラガ発祥の曲、ベルディアレスを踊り、土地の色を打ち出すことに大いに貢献しました。最近はカンタオール、ミゲル・ポベダのコンサートにも出演しています。IMG_8217.jpgもう一人の踊り手はエル・カレテ(El Carrete)。現地でもいつ出没するか把握しにくく、なかなかその踊りを見ることができなかったのですが、今年はへレスのフェスティバルに続いて2度も観ることができました。そしてトリはカニェータ・デ・マラガ(Caneta de Malaga)。フェステーラ(歌、踊りでフィエスタを盛り上げるアーティスト)全開で、次から次へとあふれ出てくるように続く粋なフレーズと踊り。そして最後は「アディオス、アディオス!(さよなら、さよなら!)」と歌って、切れよく舞台を去っていきました。あまりの切れのよさに、恒例のフィン・デ・フィエスタはなしとなりましたが、これもベテランアーティストが揃ったこのコンサートならではのこと。特に段取りや決まりごとに縛られなくても、締めるところはきちんと締めてくれるのです。IMG_8264.jpg

HOTEL TRIANA5.jpgその翌日は「へレス」。こちらも重鎮揃い。ルイス・エル・サンボ(Luis el Zambo)、エル・トルタ(El Torta)、ホセ・メンデス(Jose Mendez)のカンテが軸となり、ギターソロでは、ディエゴ・デル・モラオ(Diego del Morao)が父モライート譲りのへレスのギターを聴かせてくれました。HOTEL TRIANA1.jpgバイレでは「私はヒターノではないけれど、養女にしてもらったようなもの。へレスのヒターノに受け入れてもらったおかげで、多くのことを学んでこれた」と語るマリア・デル・マール・モレノ(Maria del Mar Moreno)がへレスで生まれたといわれるシギリージャをアントニオ・デ・ラ・マレーナ(Antonio de la malena)のカンテを体中で受け止めて踊っていました。そして最後はもちろん、フィエスタ・デ・ブレリア。本当にへレスのブレリアはその波の中に入ると、日常の嫌なことはすべて忘れて、笑顔になれるパワーがあります。ティア・クーラ(Tia Curra)とティア・ジョジャ(Tia Yoya アントニオ・エル・ピパのおばさんです)も加わり迫力の一夜となりました。

sara baras8.jpg大劇場マエストランサでは、サラ・バラス(Sara Baras)スの公演「ラ・ぺパ」が三日間上演されました。なんとすべて満員御礼という人気ぶり。観終わった観客の感想とは裏腹に「商業主義に走っている」という批評も耳にした上で、最終日の公演を観に行きました。出産のため約2年間活動を休止していたサラ・バラスですが、他の舞踊団とは違う、サラ・バラス舞踊団としてのカラーは保ち、持ち前の高速サパテアードも健在。面白いことに、拍手をする場所が分かりやすいので、フラメンコになじみのない観客も最後まで着いてきやすい仕上がりになっていました。DSCN0544.JPG
また、今回の舞踊団には、アントニオ・エル・ピパ舞踊団で育ってきたマカレナ・ラミレス(Macarena Ramirez)の姿もありました。彼女はNHK-BSの番組で、黒木メイサさんがアントニオ・エル・ピパのスタジオを初めて訪れたシーンで、ドアを開けて迎え入れてくれたあの美少女です。ビエナルのプログラムの中の、若者のデビューシリーズに抜擢され、明日の夜、ソロで踊ります。(写真:右側がマカレナ)

mar。a mezcle4.jpgその他のシリーズで"VIVA VOZ"というのがあり、これはVIVA=生。つまりマイクを使わず生声、生ギターを楽しめる生ライブが、旧修道院の中にある小さなホールで行われています。そのシリーズと同じ形式でカンテコンサートのシリーズもあり、そこでなんと93歳のカンタオーラの生声を聴くことができました。ラ・サジャゴ(La Sallago)は、1919年にへレスに近いサンルーカル・デ・バラメダ生まれました。シェリー酒の中のマンサニージャが作られている場所です共演者のカンタオーラ、マリア・メスクレ(Maria Mezcle)からするとお婆ちゃん、もしかすると曾お婆ちゃんにあたるほどの年の差ですが、「こんなに心の純粋な人はいない。私にとってとても大事な人です」とラ・サジャゴを紹介しました。立ったり座ったりも少し不自由な様子でしたが、いざ歌いだすとすくっと立ち上がったり、踊りが入ったり。得意のファンダンゴも聴かせてくれました。またもやフラメンコの与えるエネルギーを感じさせてくれました。la sallago3.jpg

そしてその声。最初の一声だけでも、ずしっと心に響く重み。若いマリアが歌うのを「ビエン、ビエン(いいね、いいね)」と言いながら聴き入る姿。この世代を超えた繋がりと尊敬の念こそが、フラメンコの存在に欠かせないものです。トラディショナルなカンテは「古い」のではなく「原点」。そこからスタートしてこそ、フラメンコを歌える歌手になれるのだと思います。本来楽譜のない音楽、フラメンコならではの人から人へのリレーです。

FOTOS 舞台写真:Antonio Acedo / その他:Makiko Sakakura

3つの壁の乗り越え方

【フラメンコに行き詰まりを感じている方へ】

フラメンコ(カンテ/踊り/ギター/他)が難しい...
先行きが見えない...
壁を感じている...