Flamenco On Fire 2019特集 Vol.3 ロシオ・マルケス、ロシオ・モリーナ/ Flamenco On Fire 2019 Vol.3 Rocio Marquez, Rocio Molina

IMG_9991.JPG蒸し暑い日本から、気温は高いとはいえ湿気の少ないスペインへの旅は、夏休みのオプションの一つです。パンプローナのあるバスク地方は、スペインの中でも北部なので、首都マドリードやアンダルシアよりも比較的過ごし易い気候ですが、朝晩の気温差が激しく、20度くらい違うことも。実は、こちらに来た初日にあまりに寒くて、8月中旬なのに秋物のコートを買ったくらいでした。

6年目になるフェスティバル、フラメンコ・オン・ファイヤーは、毎年8月の後半。ちょうどお盆の休み明けに始まるので、日本からは参戦しにくい時期でもあり、日本からの来場者は少ないのですが、地元パンプローナ、周辺のバスク地方の都市、さらにはマドリードやバルセロナなど国内各地からの参加者が年々増え、今年はどの会場もほぼ満席。開催前からチケット売り切れの公演も続出しました。

チケットセールスからの統計を見ると、21の国からの購入があったようですが、アンダルシアでのフェスティバルとは客層が違います。フラメンコのレッスンを受ける若い外国人がたくさんいたり、集団で動くグループが顕在したりということもなく、フラメンコの音楽や踊りを純粋に楽しむ、地元の人中心のニュートラルな観客層のフェスティバルになっています。今までフラメンコに縁がない方、フラメンコはよく知らないけど音楽とか踊りには興味があるという方が、個人でのバスクのグルメ探訪の旅のついでに予定に組み込まれても、気後れなく楽しめるフェスティバルだと思います。

今年のバルアルテ(フェスティバルの公演会場で一番大きい劇場)での公演は、6公演中踊りは3公演。日本では「フラメンコ=踊り」というイメージがまだ強いのですが、スペインではフラメンコが聴いて楽しむものでもあることが、プログラムの組み方にも表れています。

al9tggWg.jpeg第4夜は、フラメンコ歌手のロシオ・マルケスとウルグアイ人の歌手、ホルヘ・ドレクスレルのコンサート。ロシオ・マルケスは、微妙にビブラートのかかった声が特徴。話している時も、鈴を転がすようなかわいい声です。ホルヘ・ドレクスレルは、ロバート・レッドフォードが監督した、若き日のチェ・ゲバラを描いた映画「モーターサイクル・ダイヤリーズ(2004)」の主題歌を歌い、アカデミー賞歌曲賞を受賞したことのあるシンガーソングライター。スペイン在住ですが、南米でも多くのコンサートを開いています。

二人のトークショー的なスタイルで、舞台上もリラックスムード。舞台両脇の机は、パーカッションできるように改造してあるもので、ロシオと同じくアンダルシアのウエルバ出身のフラメンコのアグスティン・ディアセラとビルバオ出身のジャズのボルハ・バルエタの二人のパーカッショニストが競演しました。

ca8ALS6w.jpegオープニングは「ミロンガ」。そして続いて「ビダリタ」「グアヒーラ」と、フラメンコの世界では、"Ida y vuelta(イダ・イ・ブエルタ)"と総称される南米起源の歌について、曲の解説を入れながら歌っていきます。二人とも曲の知識が豊富で、フラメンコや南米民謡の数多くの曲の種類や歌手の名前に言及しながらのおしゃべりサロン的なコンサート。
ホルヘは、柔らかい声で詩を語るように、そして実際に語りながら歌い、そのスタイルのファンも多いようです。もちろん、代表曲とも言える映画の主題歌「Al otro lado del rio(川の向こう岸)」も披露。ロシオは、得意のロングブレスを活かしたファルセットボイスで、何度も観客から拍手を受けていました。

最後の二日間は、踊りの公演が続きました。ロシオ・モリーナとイスラエル・ガルバンという、初日のサラ・バラスとは違う前衛的な作品を発表しているアーティスト。しかし、ロシオ・モリーナもイスラエル・ガルバンも、伝統的なストレートのフラメンコを経てプロになった人たち。例えば、ロシオ・モリーナは23年前の11歳の時に、既にここまで踊っています。

そして、2007年のロンダの闘牛場での踊りでは伝統的なフラメンコ衣装で、古典すら感じさせる動きで踊っています。

イスラエル・ガルバンは、両親ともにフラメンコダンサー。1994年には、マリオ・マジャ率いるアンダルシア舞踊団のメンバーでした。イスラエルの10代の踊りも発掘しましたので、ご覧ください。15歳の時の映像です。当時のこの姿は、正統派フラメンコダンサーと言っても異論はないでしょう。

こんな彼らだからこそ、さらなるエボルーションへの扉が開かれ、どんなに衣装、音楽、振り付け、演出が、いわゆるフラメンコの常識を越えようとも、そこには「フラメンコ」が存在しているのです。いきなり、ロシオ風、イスラエル風に踊ったとしたら、それはただのダンス。フラメンコとは言えません。

ロシオ・モリーナの「カイーダ・デル・シエロ」は、2016年11月にパリのシャリオット劇場で初演した作品。内容については、昨年(2018年)のヘレスのフェスティバル公演を鑑賞した際にこちらに書かせていただきましたので、今回は別の視点から。

rY0snluL.jpeg出産を経て8ヶ月の娘さんの母親になってから初めて観るロシオの舞台。彼女の作品は、ほとんど舞台に出ずっぱり。日本公演の際に、舞台袖で早替わりの手伝いをしたことがありますが、どんなに激しい動きの後に袖に駆け込んできても、息を切らすこともなく、普通に話ができていました。「あ、楽屋の鏡のところに置いてる黒いクシ、持ってきといて」とか。

xTgM3mDl.jpeg日本ではテレビ番組で『フラメンコはとても激しい踊りで、一曲踊り終わると心拍数が200を超えることも...』と重々しいナレーションと共に、汗だくのダンサーを映し出していたそうで、フラメンコと言うと汗が飛び散るイメージを強くしたようですが、ロシオをはじめソロで作品づくりをするようなプロが、一曲踊ってそんなことになってしまっては、一時間半の作品は成り立ちません。舞踊団でも早替わりで続けて何曲も踊ることもあります。ちなみに、ロシオは4時間以上の公演もほぼ一人で踊りきったことがあります。技術も身体創りも、一流のプロは違います。出産2ヶ月後には踊りに復帰し、全裸シーンや最後に会場の階段を駆け上がって客席を走り回るシーンもあるこの作品を公演しています。柔和な素顔とは裏腹に、身体的にも精神的にも強靭なプロフェッショナル。新しいスタジオも構え、今後ますます、ロシオ・モリーナの世界を進化させていってくれることでしょう。

RCSubbun.jpegこの作品を理解するのは、観る側の世代、文化、知識の違いによっては、やや難しいかもしれません。終演後、地元の人に呼び止められました。初日の舞台挨拶以降、地元の皆さんが気軽に声をかけてくれるようになり、前日も話した女性でした。「ねえねえ、さっきのロシオの公演、素晴らしかったわよね!ほら、今、思い出しただけで鳥肌立っちゃう!」から始まり、興奮しながら感想を述べてくれました。彼女の解釈は完璧!「すごいわね。一度観ただけでそこまで受け取れるなんて。ちなみにどういう関係のお仕事なの?」と訊くと「私は、助産婦なの。だから、女性の姿もたくさん見てきてるし、出産、堕胎...女は色々あるわよね。(性に関して)男性は好きな時に、好きなだけ、好きなように楽しんで、女性にはそうさせない。自由を与えない。そして、結果のツケは女性が背負う。その常識を打ち破る姿も良かったわ!」と。
映像はこちらです。共演は、いつもの息の合った3人。歌は、ホセ・アンヘル・カルモナ、コンパスにエル・オルーコ、そして、コミカルな演技でも笑いを誘ったギターにエドゥアルド・トラシエラ。

次回は、引き続き、バルアルテ劇場でのイスラエル・ガルバンの公演「フラコメン」やバルコニーからのフラメンコの様子などを少しお伝えします。

写真:ハビエル・フェルゴc Flamenco On Fire /Javier Fergo
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