記事を通じてスペインのアーティストを紹介していますが、本場スペインで活躍しているアーティスト達ばかりなので、すぐに読者の皆さんにご自分の眼で観て、知っていただくことは難しいもの。それが叶うのが来日中のアーティストのご紹介です。
現在(2017年)4月24日から、新宿のタブラオ「ガルロチ」にて、2週間の期間限定ですが、スペインでバリバリに活躍中のアーティスト達の公演を観ることができます。

出演アーティストは、踊り:ラ・ルピ(La Lupi)、アルフォンソ・ロサ(Alfonso Losa)、ギター:クーロ・デ・マリア(Curro de Maria)、歌:アルフレド・テハーダ(Alfredo Tejada)、マヌエル・タニェ(Manuel Tane)の5人。来日直後から、元気にステージをこなしています。

ラ・ルピは、アンダルシアのマラガ出身で、5年ほど前からカンタオール(フラメンコ歌手)のミゲル・ポベダのコンサートツアーのメンバーとなり、一気にメジャーになりました。それ以前にもメリハリのある力強い個性的なバイレ(踊り)でマラガを中心に舞台や教授活動で活躍し、99年からソロ活動で自身の作品を発表し、注目を集めていました。ビエナルなどのフェスティバルでも、マラガものには必ず出演。今年のヘレスのフェスティバルでもレッスンも行っていたので、何度か出くわす機会もありました。今回やっと初来日!本場スペインで第一線で活躍しているアーティストの招聘は費用やスケジュールの面で非常に難しいものです。スペインでは誰もが知っているトップアーティストが、日本では来日していないということで、知られていないということが多々あります。ちなみに、その現状を少しでも解消するために、どんな人が活躍しているのか、たとえその一部でもお伝えしたいというのが、このフラメンコ・ウォーカーです。
アルフォンソ・ロサは、2005年にガルロチの前にあったタブラオ「エル・フラメンコ」に出演しており、日本にもファンの多いバイラオール(フラメンコダンサー)です。今年(2017年)のヘレスのフェスティバルでも、コンサートにゲスト出演していました。記事はこちら
ギタリストのクーロは、ルピと同じマラガ出身でルピの旦那様です。とはいえ、ルピの伴奏だけではなく、錚々たる歌手や踊り手の伴奏もしている実力派。それはその音色を聴いていただけるとすぐに分かります。曲によって繊細なメロディーからヒターノ(ジプシー)を感じさせる力強いタッチまで、自在に奏でるその右手。ですが、なんと過去に大きな怪我をしていたのです。ルピやクーロと知り合ってもう10年は経っていますが、今まで全く知らず、今回の来日で偶然知って驚きました。指が二本もげ落ちそうなほどの深い傷で、腱も切れて縫合手術を受けていたのです。その手であの演奏!と思うと、私のように勇気がもらえる人もいるのでないでしょうか。カンタオールのアルフレドもマラガ出身ですが、現在はグラナダ在住。9月に来日するバイラオーラ、エバ・ジェルバブエナの作品で歌っています。エバが自分の舞踊団を持ってから採用しているカンタオールは過去に遡るとアルカンヘル、ホセ・バレンシア、ヘロモ・セグーラなどソリストとしてはばたくアーティストが多いので、このアルフレドもこれからの活躍が期待されます。もう一人のカンタオール、マヌエル・タニェは、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ出身。ヘレス独特の深さと時には愛嬌あるカンテで、違った味を添えています。バイラオールのアントニオ・エル・ピパの舞踊団で長く歌い、その後は来日も多かったので、日本のフラメンコ練習生の方にはお馴染みのアーティストです。

その見どころなどを、今回は個人的な感想も多少混じえながら、ネタバレし過ぎない程度にご紹介します。まずは初演直前に撮られたこのプロモーションビデオ。カメラの前でも普段の彼らそのまま。楽しい公演になりそうな予感です。

ショーは、タブラオ公演でありながら、劇場作品のようなドラマティックなオープニングで始まります。
舞台上には椅子に座ったルピの後ろに二人のカンタオールとアルフォンソが囲むように立ち、古き時代のフラメンコ達の肖像画か写真のような絵になる構図。最近、映画にもなったグラナダのサクロモンテ(ヒターノが居住し、フラメンコ発祥の地の一つとして重要な地区)。そこで1942年に生まれ、洞窟のフラメンコからスタートしたバイラオーラ、マリア・ラ・コネハ(Maria La Coneja)の独白の録音が流れます。ラ・コネハは、アントニオ・カナーレスの出演したトニー・ガトリフ監督の映画「ベンゴ」の冒頭で、「ラブ・ユー・東京」を歌っていて、日本に来たことがあるそうです。「昔は"マリー!お客さんだよ!"と声がかかると走って行って観光客を前に踊っては稼いでいたもんだよ。」と言い、観光客向けのタブラオができ、時間が決まってショーとして提供されるようになった現代とは随分違っていたと回想しています。その声をバックに、随所にアルフォンソの力強いサパテアードが入り、オープニングのタンゴが始まります。"モデルノ"と言われる現代風にアレンジされたモダンなフラメンコが増えていますが、ルピやアルフォンソのバイレは、ずっしりと重厚感があり、オーセンティック。古き良き時代、モノローグでマリアが語っている頃からフラメンコの歴史の中で黄金時代と言われた時代にかけての、本来のフラメンコの姿を今に伝えているようです。ドラマ仕立ての掛け合い。そのまま役者になれそうなルピとアルフォンソが舞台から去ると、続いては二人の歌手の歌だけの場面です。
18160204_1196178800508025_607447265_o.jpgマラゲーニャという、4人の出身地であるマラガ発祥のフラメンコの曲種。クーロの優しく哀愁溢れるファルセータで始まります。バイレ伴奏の時は、踊り手の動きをしっかりと見つめ、まるで自分自身も踊っているかのようにグッと入り込んで弾いていましたが、ここではカンテ(歌)に寄り添うように弾いています。本物のフラメンコギターは、実はあまり日本では知られていませんが、知るための一番いい方法はやはりスペイン人のトップクラスのギタリストの演奏は生で聴くことです。たとえ歌や踊りの伴奏であっても、"かっこいいな"と印象に残るのが、本物の持つ力だと思います。
次にアルフォンソのバイレソロ。以前の記事にも書きましたが、彼のバイレの見どころの一つは、往年のファルーコを思わせるような静と動のコントラスト。静かな時の動の時の爆発的なサパテアード(足で奏でる音)やスピード感溢れるダイナミックな体の動きをしている時でも、頭の位置は体の軸が全くブレないコントロール力にも注目です。地面に突き刺さるような力強い音も男性バイレの力強さを感じさせてくれます。

18083564_1196178973841341_1858476508_o.jpg5分間の休憩を挟んで、ルピのソロが始まります。曲はタラント。スペインの鉱山地帯発祥の曲で、テーマは重め。苦しみや哀しみを語る歌詞で歌われます。その曲の重厚感もさることながら、ルピ自体の醸し出す重厚感、存在感で舞台がいつもより小さく見えるようです。フラメンコ鑑賞の楽しみの一つにはその衣装がありますが、ここでは長いフリンジがついた豪華なマントン(ショールのような大きな布)が見られます。柄は全て刺繍なので、糸の重みがずっしりと加わって、見た目よりもかなり重いものです。にもかかわらず、写真のように、激しくマントンを動かしていても、頭が全く動いていません。

18120297_1196178977174674_583019578_o.jpg体から湧き出るような苦しみややるせなさが客席に座っていても伝わってきます。フラメンコがただ振り付けを体現して動くだけはなく、人間の感情を表現するものであるということを改めて感じます。そして、注目ポイントは、ブエルタ(回転)のスピード感。そして、美しい首の残し方にも目が留まります。曲調がタラントからタンゴに変わる前、舞台を歩きながら客席の全てを見渡していきます。フラメンコを踊るときに、やたらと客席を睨みつけたり、しかめ面をしたりする人がいますが、それが本当にカンテを感じて出た自然な表情か、そうでないかは不思議と感じられるものです。自然で純粋なものには前のめりに引かれますが、そうではないものには拒絶反応で後ろに引いてしまいます。ルピの視線は、タラント?タンゴの世界に観客を引き込むような力があったのでしょう。全員がルピに注目し、客席は静まり返ります。そして挑発的なタンゴのスタート。キレイ系とは違う土着なバイレ。ギターとの息がぴったりと合った独特なレマテ(決め)など、後半も見どころたっぷりのバイレでした。

DSCN2484.JPG第一部のステージが終わると、ルピ自らが観客に挨拶。日本のフラメンコの殿堂であるこの場所で踊れることがとても嬉しいと語りました。来日を実現してくれたタブラオ、スタッフ、そして観にきてくれた観客への感謝に続き、アルフォンソがメンバー紹介。プロの司会者のようなうまさには驚きました。ルピへの紹介では、彼女以上にフラメンコを愛する人はいない、仕事の時はタブラオに3、4時間前から来て踊っている、というエピソードも。仕事の上にあぐらをかくことなく、真摯にフラメンコを探求する人が残っていくということかもしれません。

一部が終わると、50分間の休憩です。今回の期間限定公演は、通常の料金設定と違い、ショーチャージと食事がセットとなった2プランの中からの選択のみとなっています。ショーが始まるとどうしても食べる手は止まってしまいますが、この休憩時間に食事の続きを楽しめます。開店時間は一部の始まる1時間前なので、早めに来店して食事をスタートさせておくという手もあるようです。

21時20分からスタートの2部は40分間のステージ。内容は日によって変わるそうですが、今回の日本公演のために構成したものの完成度を上げたいので、最初のうちは同じ内容でいくかもということです。

この日の1曲目は、カンティーニャス。アレグリアスという港町カディスで生まれた明るい系の曲の流れを組む曲種です。まずはアルフォンソが、カンテとギターのタパーダ(弦をすべて押さえて、リズムだけをとる奏法)の音だけでのサパテアード。ちょっとやんちゃな感じを醸し出す愛嬌のあるバイレです。そこに豪華な真っ赤な衣装、ウエディングドレスのように裾の長く伸びたバタ・デ・コラという衣装でルピが登場します。この迫力も必見です。

次の曲では、まずクーロがギターソロを聴かせます。伴奏の時とは弾いている姿や表情が全く違います。そして、一部レース使いの黒の衣装のルピが舞台上へ。貫禄たっぷりにソレアを踊り、続くブレリアに入ると、カンタオール二人に「こっちにおいで!」と目で合図。女親分のようなかっこよさです。このブレリアの部分は、ほぼ即興ではないかと思うようなノリ。歌詞に呼応して出てくるユーモラスな動きやブレリアのリズムを楽しみながら踊っているようです。次々と繰り出される歌詞や踊り。特にマヌエルはブレリアの聖地、ヘレスの出身。ノリのいいカンテにバイレもインスピレーションされます。ちなみにこのソレアは、今回の来日のために作ったもの。衣装も踊りもおニュー。見応えあるものでしたが、本人曰く「まだこれは完成系じゃないの。あと2、3日で完全に出来上がるから」と。ここまで踊れても、より良いものを目指し探求する姿勢を再び垣間見ました。

2部のアルフォンソのソロは、ファンダンゴ・ポル・ソレア。あまり聞かない曲種名で、最初、ブレリア・ポル・ソレアかな?と思いましたが、何か違うと思ったら歌詞の構成でした。ファンダンゴという曲は5行の詩からなり、ソレアとはリズムが違いますが、この歌詞をソレアのリズムで歌ったものです。カンテも聴かせながら、パーカッションのように小気味よくアルフォンソのサパテアードが響きます。ただガンガンと打つだけではない、強弱のコントロールされたニュアンス感のある音こそがフラメンコのサパテアードです。

lupi2.jpg最後はブレリアで締めた後、再びルピとアルフォンソがステージから挨拶して終了。今回の公演の印象は、重厚感と迫力!そして、スペインクオリティが保たれていることには大満足でした。5月7日までと、ゴールデンウィークにも重なっていますので、スペインのフラメンコをご覧になる良い機会かと思います。フラメンコの世界にはいろんなタイプのアーティストがいます。それを知っていく第一歩として、スペインに行くことを考えたらずっと近い東京で、本場で活躍する彼らステージを観て、さらに間近で接することができるのはありがたいことです。5月6、7日には、二人のクラスも予定されています。情報はこちら。ちなみに今年の夏には、二人ともマドリードの有名なフラメンコ学校、アモール・デ・ディオスでも夏季コースの講師をします。

まずは公演についてお伝えしましたが、追って、踊り手二人へのインタビューも掲載する予定です。

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