朝晩の気温差はあるとはいえ、今年は全体的に気温の高いヘレス・デ・ラ・フロンテーラ。4年前にはインフルエンザが大流行したこともあり、締め切った会場でのレッスンや公演は、濃厚接触とも言える距離。2週間を乗り切るには、とにかく健康第一!ということで、今年は個人的には出控え傾向でのスタートです。

とは言え、街中を歩いたり、劇場に行けば、知っている顔もたくさん。1年ぶりから20年ぶりの人まで再会の連続。そして、公演でも久しぶりに舞台で観るアーティストと遠隔からの再会があったりします。

RUEDA_21_FEB_2020-63-scaled.jpg二日目は、前日に発表のあったフラメンココンクールの受賞者によるガラ公演。このコンクールは、イタリアが母体(Baile Flamenco Puro de Turin)ですが、マヌエル・ベタンソ(Manuel Betanzos)、アリシア・マルケス(Alicia Marquez)、そしてマヌエル・リニャン(Manuel Linan) が選考や指導に携わり、国籍に関わらず、フラメンコを踊る人たちを応援するためのプロジェクト。カテゴリーも、プロ・ノンプロ、年代別、グループ、ペアなどに分かれており、6日間にわたる選考に120人が参加しました。プロ部門、と言ってもプロでエントリーするかノンプロでかは、本人の自己申告。しかし、プロ部門ではそれだけ自信のある人もいるし、プロ(本職)としてフラメンコを続けたいという人がエントリーするだけに、年々レベルの高いものになっていっているようです。コンクール側も、プロ人材の育成の発掘も兼ねてか、入賞者には、奨学金的にレッスンの無料提供やセビージャのタブラオへの出演などが与えられました。前日の発表時には、会場に出席していた日本人バイラオーラの宇根由佳さん、ヴォダルツ・クララさんもこの部門で受賞しておられました。

ガラ公演には、各部門の優勝者が舞台に上がるということで、応募者の多いプロのソリスタ部門は狭き門となったようです。日本人では、プロ・ソリスタ・シニア部門の優勝者、石川慶子さんが「アレグリアス」を披露。マントンとバタ・デ・コラ(裾が尻尾のように長いドレス)という難物2点を、狭いスペースの中で見事に捌ききっての舞踊。会場の観客はほとんどがコンクールの参加者で踊りを習っている人ばかりなので、見事にバタの裾をキャッチした時は、その難しさがわかるだけに大きな喝采が起きていました。もう一人は、授賞式でのちょっと神経質そうな見た目からは想像できない踊りを見せた、プロ・ソリスタ・アダルト部門優勝のスペイン人のスサナ・サンチェス。パンタロン姿で振付も男性的。おそらく、男性ダンサーに師事しているのでしょう。床を打つ靴音も、小柄ながら力強くハイスピードでこちらも納得。時間の関係で、最も多くの賞を受賞していた男性ダンサーの踊りが見れなかったのは残念でした。

フラメンコは、舞踊テクニックだけあればいいというものではありません。そこが民族舞踊ともカテゴライズされる由縁。いずれの入賞者も、これから観客を呼べる本物のプロとなるためには、フラメンコアーティストとしての"華"、何か惹きつける魅力や伝播力が必要です。舞台経験やさらなる鍛錬、そして何より、人生経験を糧に日々進化していくことを期待します。

220220ELPIPA_04.jpgビジャマルタ劇場では、地元ヘレスのバイラオール、アントニオ・エル・ピパ(Antonio el Pipa) の公演「Estirpe」。「家系」を意味するこのタイトルらしく、エル・ピパ・ファミリーのお家芸、ブレリアの基本のきからスタート。無音の中、ブレリアのパソ(ステップ)、マルカール(リズムを紡ぐ動き)、ジャマーダ(合図)を次々と繋げ、ヘレスのブレリアを丁寧に披露。アントニオの祖母、伝説のバイラオーラのフアナ・ラ・デル・ピパ(Juana la del Pipa)から伝わる大らかな動きです。そして、アレグリアス、ソレアとこちらも長年踊り継がれているもので、その芸風はこのファミリーならではのもの。フラメンコは、こういう体型でなきゃダメというのはないので、自分の体型を活かした踊りをすることができます。エル・ピパの、アンダルシアには珍しい、長身大柄な家系だからこそ生まれる独特のアイレ(空気感)を久しぶりに観ました。

そしてこの公演でのアントニオ・エル・ピパからのもう一つのプレゼントは、カンタオール(フラメンコ歌手)達による素晴らしい歌唱シーン。今回は4人の歌手を招待アーティストとして呼んでおり、地元ヘレスのヘスス・メンデス(Jesus Mendez)、同じカディス県のチクラナ・デ・ラ・フロンテーラのアントニオ・レジェス(Antonio Reyes)、チピオナのサムエル・セラーノ(Samuel Serrano)、そして紅一点は、コプラと呼ばれるスペイン歌謡の歌手、ジョアナ・ヒメネス(Joanna Jimenez)。

220220ELPIPA_02.jpg特に印象的だったのは、サムエル・セラーノ。まず、以前とあまりにも風貌が変わっていて、記者会見で見た時、誰だかわかりませんでした。2018年、ラテングラミーのフラメンコアルバム部門にもノミネートされ、アグヘータの家系でもあるサムエルの声は、アントニオ・エル・ピパの舞台にいつも出演していた叔母のフアナの声を思い出させる、フラメンコなハスキーボイス。そして、それとは対照的な、アントニオ・レジェスの柔らかい声。この二人による掛け合いの歌の場面も聞き応え十分でした。残念ながら下記のダイジェスト映像には含まれていませんが、いずれストリーミングサービスの「ALL FLAMENCO」でカバーされると思いますのでお楽しみに。このストリーミングサービスは、既にスタートしておりますが、日本語での画面環境が整っておりません。価格やタイトル画面での改行、その他、修正依頼中の状態が続いておりますが、今年中には本格スタートできる予定です。

Antonio El Pipa, al natural from Festival de Jerez Televisión on Vimeo.

220220RIQUENI_01.jpg続いて、夜12時からの公演は、シェリー酒「ティオ・ぺぺ」で有名な、ゴンザレス・ビアス社の敷地内で、地元のフラメンコ・ファンも多く集まった、ギタリスト、ラファエル・リケーニ(Rafael Riqueni)のコンサート「Herencia(エレンシア)」。現代のフラメンコギター界の巨匠の一人であるリケーニは、公私ともに厳しい時代があり長い活動休止期間を経て、2014年にようやくカムバック。その時のセビージャでのコンサートの人々の興奮は、今でもはっきり覚えています。以来、リケーニのギターを心待ちにしていたファンやアーティストから、コンサートの度に熱い支持を得ています。コンサート冒頭から約30分、ソレア、セビジャーナス、アレグリアス、ブレリアスなど、次々と溢れ出るように、ソロで弾き続けました。聴いている方も、時を忘れて聴き入ってしまうような、なんとも素晴らしい演奏!

220220RIQUENI_03.jpgその後、サルバドール・グティエレス(Salvador Gutierrez)とマヌエル・デ・ラ・ルス(Manuel de la Luz)の二人が加わり、ギタートリオでの演奏。一番の若手のマヌエルは、リケーニへのレスペクト全開といった感じ。3月には新譜をだす予定とのこと。マノロ・サンルーカル(Manolo Sanlucar)やこのリケーニといった巨匠たちにどっぷりと学んだマヌエルの今後にも期待したいところです。途中、リケーニの笑顔も見られた上質なフラメンココンサート。その音色は、下記映像にて。

Rafael Riqueni (González Byass) from Festival de Jerez Televisión on Vimeo.

230220MAISEMQZ_03.jpg三日目は、前述のコンクールの前年の特別賞の二人によるガラ公演が、小劇場のサラ・コンパニアで。マイセ・マルケス(Maise Marquez)は、昨年、東京・新宿のタブラオにも出演しており、その時に「バタ・デ・コラの捌きがうまいな」という印象だったことを思い出しました。ムルシア出身なので、その土地のフラメンコの曲種を取り入れたという公演。舞台開幕直後は少し頼りなげだったものの、進行するにつれて段々と力強さも存在感も増していきました。打楽器のカホンとギターが、サパテアードに合わせて音を添えることで、足音に増幅効果が出ていた辺りは、自分の見せ方を心得ているのかなと思わせました。舞台上での衣装替えは昨今、かなり当たり前になっていますが、限られた短い時間で自分の踊りを目一杯見せるという意味でも、うまくそれを利用して、観客の集中力を途切れさせることなく自分に向けるということに成功していたと思います。

Maise Márquez (Habla la Tierra) from Festival de Jerez Televisión on Vimeo.

230220GABRIELMATIAS_02.jpg次に登場したガブリエル・マティアス(Gabriel Matias)は、前日のラファエラ・カラスコの公演に出演し、そこでは目を引く存在だったので、どんなソロ公演をするのかと期待していました。エル・グイト(El Guito)、アントニオ・エル・バイラリン(Antonio el Bailarin)、マリオ・マジャ(Mario Maya)らのマエストロへのオマージュを盛り込んだ内容で構成したとのことで、カンタオーラとパルマ(手拍子を打つ人)、ギタリストとの4人での舞台。個人的には、パルマの女性の動きや手を打つ音が気になってしまい、また、カンタオーラのソロのシーンのインパクトの強さもあって、主役の印象は少し薄まった感はありました。マリオ・マジャへのオマージュの椅子に座っての舞踊シーンは見応えもあり、振付をこなす器用さとテクニックの高さは十分のようでした。

Gabriel Matías (Ellos) from Festival de Jerez Televisión on Vimeo.

写真/FOTO : Copyright to JAVIER FERGO/ FESTIVAL DE JEREZ
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