はじめに歌ありき。踊りを引き出すカンテの力 ホセ・バレンシア

私の旅の目的のひとつは、フラメンコ公演に足を運ぶこと。滞在期間中にできるだけたくさんのフラメンコに出会う為にあちこち飛び回っています。特にカンテ(歌)のコンサート。会場の空気を伝わって押し寄せて来る目に見えない何かに心を掴まれ、スペイン語で”ペジスコ”と言われる、ぎゅっと身体をつねられるような不思議な感覚。素晴らしいカンテに出会うとそんな体験ができます。

バイレ(踊り)のシーンでも、カンテはとても重要。なぜなら本来フラメンコのバイレは、カンテやギター、つまり音楽を感じて溢れ出てくるものなのです。同じ曲でも奏でる楽器やアレンジが変わると、それを聴いて起きる心の反応も違ってくるでしょう。それと同様に、カンタオールの声や歌い方によって、触発されて出てくる踊りも変わってくるはずです。

5月に訪れたパリのフラメンコフェスティバル最終日の第一部は、パストーラ・ガルバンの公演「パストーラ」。アルティスタ5人だけというシンプルな構成ながら、大きな舞台を埋めるに余りあるアルテ。共演者との粋で絶妙なコンビネーションで、最後まで気持ちよく、粋で、痛快で、オレ!と声をかけたくなる素晴らしいバイレを堪能しました。その舞台で歌っていたのが、いまや一流バイラオール達にとっては欠かせない存在のカンタオール、ホセ・バレンシア(Jose Valencia)。

JOSEVALENCIA1.JPG ホセ・バレンシアはバルセロナに生まれ、6歳で初舞台を経験。8歳から両親の故郷レブリハ(アンダルシア州セビージャ県)に移り、地元の重鎮アーティスト達の中でアルテに磨きをかけて育ちました。10代で既にスペイン内外のフェスティバルを周り、ギタリスト、ぺドロ・バカンのグループに入り、パリのオペラ座でも歌ったカンテ界の若きエースでした。2000年に芸名をホセリート・デ・レブリハから現在のホセ・バレンシアに変え、踊りの舞台でも歌い始めました。若手ながら老練な歌いっぷりとたしかな実力が認められ、それまで踊り伴唱の経験がなかったにも関わらず、次々と出演依頼がやってくるようになったのです。マヌエラ・カラスコ、アントニオ・カナーレス、アントニオ・エル・ピパ、エバ・ラ・ジェルバブエナ、ハビエル・バロン、ハビエル・ラトーレ、アンドレス・マリン、ホアキン・グリロ、ファルキート、ベレン・マジャ、ラファエル・カンパージョ…と挙げるときりがないほどの実力派バイラオール達と共演。現代フラメンコをど真ん中で支えてきた豊富な舞台経験により、ますますアーティスト達の厚い信頼を集めています。

ホセ・バレンシアのカンテは、たとえ踊り伴唱であっても”踊り用”にアレンジされたものではなく、ソロと変わりない純フラメンコカンテ。これこそがフラメンコのバイレを湧き起こすインスピレーションを踊り手に与えてくれるのです。さらに、彼の持つ尽きることのない豊かな声量とその見事なコントロールは、最後の一瞬まで踊る者のエネルギーを昇華させてくれます。今年5月には、キャリア30年にして初のソロアルバムを発表。自分の納得のいく作品が出せるまでじっくりと時期を待ち、オーソドックスなフラメンコの曲だけという構成という姿勢を貫いています。単なる踊りのバックミュージックとしてのカンテではなく、踊り手が感じる、踊りを生み出す力を与える歌が歌える貴重なカンタオール。その姿は、カンテの力を再認識させてくれました。
(下写真:ソロリサイタルのリハーサル中。ギター:フアン・ラモン・カロ)JOSEVALENCIA2.JPG

蛇足ですが、フラメンコの踊りを”習う”場合、最初は振りを覚えるだけで精一杯。その根底にあるコンパスやメロディー、ましてやカンテを感じて本当の意味で「フラメンコを踊れる」のは簡単なことではありません。練習生の皆さんはここで「無理!」と引かないで、これからも音楽をたくさん聴いてください。聴いて「気持ちいい!」と思えたところから、第一歩は始まります。(MAKIKO Sakakura)