2017年ヘレスフェスティバルよりバイラオール紹介。ダビ・コリア、エドゥアルド・ゲレーロ、アンヘル・ムニョス/フェスティバル・デ・へレス2017 Vol.7 David Coria, Eduardo Guerrero, Angel Munoz

スペインでは既に真夏の暑さ。各地から猛暑の便りが届いています。日本と比べて湿気が少ないので、過ごしやすいとはいえ、日差しの強さは非常に強く、とにかく"暑い"というより"熱い"夏となります。

JAVIERFERGO_CLAROSCURO_02.jpgなかなか再開できなかったヘレスのフェスティバルからの話題。今回は、フェスティバルで活躍した3人のバイラオール(男性舞踊手)をご紹介をします。

ダビ・コリア(David Coria ,1983,セビージャ出身)、エドゥアルド・ゲレーロ(Eduardo Guerrero, 1983,カディス出身)、そしてアンヘル・ムニョス(Angel Munoz, 1973,コルドバ出身)。

フラメンコのメッカ、アンダルシア地方の中でも出身地の違う三人。フラメンコのスタートも全く違う環境、先生からです。その後、同い年のダビとエドゥアルドは、バイラオーラのエバ・ジェルバブエナ(Eva Yerbabuena)やロシオ・モリーナ(Rocio Molina )の舞踊団に同時期に所属することになります。とはいえ、二人は見た目もスタイルも違うタイプ。群舞の中にいても、一際目を引く二人でした。2014年にバイラオーラのロシオ・モリーナの日本公演時にアテンドした際、この二人がツアーメンバーに入っていて、その気さくな素顔とスーパーバイレを間近で見るという幸運に恵まれました。ダビは、小島章司さんら日本のアーティストとの共演で日本にも何度か来ています。ちょっと上の世代のアンヘルは、1994年、他の二人がまだ9歳の頃、すでに有名なコルドバのコンクールで受賞し、注目を浴びていました。ホセ・アントニオ(Jose Antonio)やマリア・パヘス(Maria Pages)の舞踊団で活躍し、コルドバのギタリスト、パコ・ペーニャ(Paco Pena)のグループのメンバーとなってからは、スペイン国外での仕事が多くなったためか、実力派でありながら知名度が上がらない時期がありましたが、近年では、ギタリストのカニサレス(Juan Manuel Canizarez)のカルテットメンバーとして、日本でもお馴染みとなりました。(写真上)

JAVIERFERGO_ENCUENTRO_01.jpgさて、まずは、昨年までアンダルシア舞踊団でソリストを務めていたダビ・コリアの公演。いつもラフなカーリーヘアだったダビが、公演前日の記者会見には、きちっと固めたリーゼントで登場。翌日の公演でも新しいダビが観られるのかな?と期待が高まります。

タイトルは「エンクエントロ(Encuentro = 出会い、発見)。自分自身を知ることによって、新たな世界への扉が開くという感じでしょうか?メンバーには、アンダルシア舞踊団でも同じくソリスタで、ソロ公演でもコラボ関係の続くアナ・モラーレス(Ana Molares)。そのほかに、この二人と同じ時期にアンダルシア舞踊団のメンバーだったバイラオーラのフロレンシア(Florencia Oryan)とパウラ(Paula Comitre)も。舞踊団時代、家族のように仲の良かったメンバー達だけに、ダビの作品づくりの進め方にも、すんなりついて行けたのではないでしょうか。この本番の数日前、チリ人のフロレンシアの家族が亡くなり、今すぐにでも故郷に帰りたいところを、悲しみをこらえての出演ということで、終演後はダビが彼女を抱きしめるシーンもありました。

JAVIERFERGO_ENCUENTRO_05.jpg作品は、衣装や音楽も現代的な印象を受けるものの、極めてトラディショナルなフラメンコがきちんとベースとなっている構成。前半のダビのジャケットプレイは、郷ひろみも真っ青!(その映像がないのが残念!)終始、エネルギッシュなバイレを見せたダビ。共演のアナ・モラーレスとの息もぴったりで、スピード感あふれる複雑な振り付けも見事に決まっていました。ダビの踊りは、変に気張って男らしさを強調することなく、自然でありながらキレのある美しいフォームです。振り付けもコンテンポラリーな動きと正統的なフラメンコが共存し、まさにフラメンコの真髄をきちんと体現できる現代のバイラオール。舞踊団時代より、さらに伸び伸びとして、これから自分の世界を創り上げて行ってくれることに大いに期待できる作品でした。

JAVIERFERGO_GUERRERO_10.jpgエドゥアルド・ゲレーロは、自らの名字をとった「ゲレーロ(Guerrero)」という作品。ゲレーロとはスペイン語で、「戦士」という意味もあります。舞踊団のメンバーとしてや小劇場でのソロ作品と、このヘレスのフェスティバルでは何度も踊って来たエドゥアルドですが、今回は大劇場ビジャマルタで初のソロ公演。配られたプログラムには面白いことに中国の武将、孫武が書いたとされる「孫子」からの引用が。「相手を知り己を知れば百戦して殆うからず」
「戦わずして勝つことが最良」など、「孫子」に見られる思想にインスピレーションを受けて作品づくりに挑んだようです。

JAVIERFERGO_GUERRERO_06.jpg開演時間は21時。しかし、開演ベルは鳴りません。出演者6人はすでに舞台上で歩き回っています。2分後、1ベル(最初のベル)、そして21時5分に2ベル。その2分後に鐘の音が鳴り響くと、カンテ・ソロ(一人で歌うこと)が始まるというオープニング。踊り手はエドゥアルド1人。メンバーは、エドゥアルドの出身地であるカディス県のアーティスト達。ちなみに、ヘレスもカディス県です。ギタリスト2人。そして、女性は3人とも歌手。彼女達は、母、恋人、女友達、と様々な立場の女性として、エドゥアルドに絡んでいきます。

テクニックだけでなく、アニメのキャラクターのようなスタイルの良さで鋼のようにしなやかにしなる体をフルに使ったワイルドでセクシーな表現スタイルはエドゥアルド独特のもの。女性ダンサーの中で驚異的な身体能力といえば、ロシオ・モリーナを思い出しますが、彼女の作品「Bosque Ardora」で、ロシオの超絶難しい振り付けをこなして共演しているエドゥアルド。自分の作品でも、的確なサパテアード(足で打つ靴音)を打ち出しながら、全身の動きは一糸乱れず美しいラインで踊っています。 そして、この作品は後日、観客が選ぶベスト公演賞を受賞しました。

JAVIERFERGO_CLAROSCURO_03.jpg最後にご紹介するのは、アンヘル・ムニョス。ヘレスではクラスがすぐに満席になるほどの人気バイラオールです。あまりの熱狂的なファンの勢いに周りの生徒が驚くことも多いようです。私も以前、アンヘルのクラスを受けたことがありますが、わかりやすく丁寧で、一人一人をちゃんと見てくれる素晴らしい先生ぶり。多くの生徒さんに是非受けていただきたい内容です。人気の秘密はその踊りだけでなく、彼の人柄とリチャード・ギア似のダンディな外見にもあるかもしれません。

そのアンヘルが、今回は勇気ある挑戦に出ました。生音やギター、カンテを特に重んじるヘレスの地で、電子音をメインとした公演を行ったのです。「音」を感じて、そこから生まれる動きを自由に表現すること。音感の良さは、カニサレスのグループでのカホンやバイレを担当していることからもうかがえます。タイトルの「クラロスクーロ(Claroscuro)」の意味する、光と影、白と黒、そして明から暗へ移りゆく間の言葉で表せない"濃淡"のトーンを表すかのようなモノトーンの舞台。踊り手はアンヘル1人。カンテにミゲル・オルテガ(Miguel Ortega)、若手のミュージシャン、ディエゴ・ビジェガス(Diego Villegas)がサックス、クラリネット、フルート、ハーモニカなどで様々な音とメロディーを与えていきます。そして、舞台上で電子音を出したり、サンプリングしたりシーケンサーを操作するのは、アルトマティコ(Artomatico)のダニエル・ムニョス(Daniel Munoz)。アンヘルとダニエルは昨年のヘレスのフェスティバルで実験的にこの手法で公演を行っていました。その時の映像はこちらをクリック。

JAVIERFERGO_CLAROSCURO_04.jpg大劇場のビジャマルタとなると、地元の人たちもたくさんやってきます。その人達に受け入れてもらえるかどうか?!アンヘルの技量で言えば、オーソドックなフラメンコ公演をすれば、大喝采は保証されているようなもの。そこをあえてこのような新しいスタイルの作品にしたのは、本当に勇気のある試みです。逆に、他の人にはできない、そしていわゆる決まったフラメンコの音楽だけでなく、様々な音にフラメンコのバイレをのせて、1人で踊りきるという業績を成し遂げることができました。フェスティバルでは、毎日クラスを担当していたアンヘルですが、実はこの時、相当酷く足を痛めていたのです。しかし、それを理由にクラスを休むこともなく、笑顔で生徒達に応えてクラスを務め、公演も無事踊りきりました。知っていたからこそ、ドキドキしながら観てしまいましたが、知らなければ気づかない踊りっぷり。アンヘルの踊りは何と言っても、品と色気があると思います。男性ならではの包容力、たくましさ、優しさ、愛嬌、爽やかさを感じさせてくれる現代のバイラオールの中でも、他にあまり見ない骨太な存在です。

さて、公演の地元の人の反応は、というと、たまたま私の前の席に座っていた老夫婦。最初は、驚いていたようでしたが、途中で帰ることもなく、最後にはおじいちゃんが「うん、納得したよ!」と。電子音を繰り出すダニエルは、そもそもフラメンコのエキスパート。なので、無意味に音を出しているわけではなく、フラメンコと通じる何かを踏まえてのこと。それは、フラメンコをよく理解している人には暗号のように伝わる、ということなのかもしれません。また、著名なフラメンコ研究家に後日この公演の感想を訊くと「アンヘルは今、一番脂ののったいい時期。彼の踊りは素晴らしかったよ」とのこと。電子音、ディエゴの奏でる楽器、ミゲルのカンテのそれぞれに呼応して踊り続ける姿。そして、今まで聞いたことのない音によって、今まで見たことのないアンヘルの動きが見られ、その引き出し多さに感服しました。

それぞれ見た目も踊りのスタイルも違う、3人の個性的なバイラオール達。フラメンコダンサー=女性と思われがちな日本ですが、本場スペインでは男性のダンサーはフラメンコの歴史においても非常に重要な存在ですし、その数も女性と同じくらいです。それだけに、層も厚く、多くの実力派、個性派の素晴らしいダンサー=バイラオールがたくさんいます。インターネットで手軽に映像が見られるようになった時代。ぜひ、良いものに触れて目や耳を肥やして、フラメンコの魅力を感じてください。

写真/FOTO : Copyright to JAVIER FERGO/ FESTIVAL DE JEREZ
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