フェスティバル・デ・ヘレス 2019 vol.3 クリスティアン・ロサーノ、バネッサ・コロマ、コンチャ・ハレーニョ、ヘスス・カルモナ/Festival de Jerez 2019 Cristian Lozano, Vanesa Coloma,Concha Jareno, Jesus Carmona

8世紀もの間、イスラム支配を受けていたアンダルシア。その後、シェリー酒の交易で栄えたへレスの街には、たくさんの古い建築物が残っています。普段、公演を観に行くために何気なく通り過ぎている道々や会場にも17,18世紀の建物の名残が残っていて、日本との違いは明らか。こういう土地だからこそ、300年近く前に発生したとされるフラメンコが今も息づいているのでしょう。

まずは、それらの建築物の一つ、サラ・コンパニアで行われた公演を二つご紹介します。

JAVIERFERGO_LOZANO_02.jpgクリスティアン・ロサーノの「TRENCADIS」。タイトルの、"トレンカディス"とは、タイルを砕いたもので表面を仕上げる建築手法。バルセロナのグエル公園で、そしてサグラダファミリアでも多用されていると言えば、そう、アントニオ・ガウディが作ったスタイルです。そしてこの作品は、ガウディをアーティストとしてだけでなく、人としても描き出そうとしたクリスティアン・ロサーノの初作品。クリスティアン・ロサーノと言えば、日本の小島章司先生の作品に出演したこともあり、また最近ではフラメンコとフィットネスを融合させたエクセサイズの監修をしたり、来月来日するエバ・ジェルバブエナの舞踊団でも活躍しているので、実は観たことがある人は多いかと思います。この作品では、ガウディの人生を象徴する4つのエレメント、自然、カタルーニャへの愛、聖母マリア信仰、そして建築がキーとなります。振付は、本人に加え、エバ・ジェルバブエナ、ルーベン・オルモ、タマラ・ロペスが参加。カタルーニャの詩人、ジュアン・マラゲルとジャシン・バルダゲーの詩やバッハ、グラダドスの曲を取り入れるなどの渾身の作。鑑賞前にこれらのことを頭に入れてから劇場に行けば、この作品をもっと楽しめたことと思います。

幕開けは、クリスチャンが客席の真ん中の通路を歩いて舞台に上がってきます。そこはサン・フェリペ・ネリ教会という設定。会場であるサラ・コンパニアは元は教会だったので、このシーンにはぴったり。1926年6月、ガウディはこの教会でのミサに行く途中に交通事故で亡くなっています。なので、本来ならここへは来れていないはず。そこから、彼の人生を振り返る展開となります。

JAVIERFERGO_LOZANO_05.jpgクリスティアンのバイレは、元スペイン国立バレエ団でプリンシパルを務めただけあって、カタルーニャの民族舞踊も誰かの"役"として踊ることも難なくこなし、安定の実力。ガウディの聖母マリア信仰を表現する場面で、マリアを演じたのはタマラ・ロペス。妊婦姿ですが、これは本当にご懐妊中。踊りの中でにはリフトの場面も多く、ヒヤリとした方もおられるかもしれませんが、お腹の子供のお父さんはクリスティアン。二人が夫婦だからこそできる挑戦でしょう。そして、二人の子供は生まれる前に初舞台となったわけです。

JAVIERFERGO_COLOMA_01WEB.jpg翌日、同じ会場では、マドリード出身のバイラオーラ、バネッサ・コロマの「FlamenKlorica」。Cronica=編年史という言葉があるので、おそらくフラメンコと合体させての造語と思われます。というのも作品は、マノロ・カラコル、ガブリエル・オルテガ、ぺぺ・ピントらバンビーノ、ペレの歌に至るまで時代を映しだしたもの。彼らの歌うフラメンコは、純フラメンコなのか、フラメンコ歌謡なのか、それとは民謡なのかと言われた揺れ動く時代背景がありました。
フラメンコはアンダルシアが発祥と言われていますが、興行として認められるようになると、アンダルシアからマドリードへとアーティストが流れていきました。都会であるマドリードでは、より集客が望めた時代で、フラメンコはポピュラーなものへとなっていきました。そして、マドリードでもフラメンコは根付いていき、名講師陣が揃ったフラメンコ学校「アモール・デ・ディオス」も作られ、そこから多くのアーティストが生まれました。

JAVIERFERGO_COLOMA_03WEB.jpgバネッサのバイレは現代のマドリードの若者らしく、動きが派手でスピード感があります。都会らしく、丸というより直線的な強さがあります。個性を感じさせるバイレで、数多くのタブラオで観客を間近にしての舞台をこなしているだけあって、客席へのアピールもうまいように感じました。3人のカンタオールを従えてのエネルギッシュな雄姿。その感じは是非、ビデオでご覧ください。

JAVIERFERGO_JARENO_03.jpg大劇場の公演では、同じくマドリード出身のバイラオーラ、コンチャ・ハレーニョの公演。タイトルの「Recital Flamenco」は読んでそのまま、フラメンコのリサイタル。この分かりやすさ、シンプルさがへレスの観衆の気持ちをつかんだのでしょう。バイレの面では期待していたよりも、タンゴやグアヒーラなど女性らしさのある踊りでも動きが硬くて直線的な印象を受けましたし、マントン(刺繍の施された大きな布)を扱う場面では掴み損ねて落とすというプロの舞台では珍しいアクシデントもありましたが、観客は最後まで温かく見守り、大きな拍手を送っていました。コンチャはひょっとしてへレスが地元?と思ったくらいです。

JAVIERFERGO_JARENO_06.jpgこのところ多い、作り込んだ作品の中には分かりにくいものもあり、考えてしまっているとせっかくのバイレや音楽が楽しめなくなることもあります。その点、この作品では、劇場ながらタブラオのように、3人のカンテ、ギター、パーカッションという5人の男性アーティストに紅一点のコンチャ・ハレーニョで、フラメンコの伝統的な曲種を歌と踊りで純粋に楽しませてくれました。

翌日の劇場公演は、劇場のメリットを存分に活かしたダイナミックな演出と観客とのコミュニケーションを見事に成功させた楽しい作品、ヘスス・カルモナの「AMATOR」でした。Amatorもおそらく造語。Amatoriaというの恋愛術という言葉はあるので、恋愛術師とでも訳していいのでしょうか? ヘスス自身も作品紹介の中で、この作品に込めたたくさんの愛:劇場やタブラオへ、即興や振り付けへ、インスピレーションの瞬間へ、スペイン舞踊・フラメンコ・創作舞踊へ、他のアーティストと分かち合うことへ、の愛が詰まったものだと言っています。

JAVIERFERGO_CARMONA_01WEB.jpgこの作品には、今までにない二つの大きなサプライズがありました。
作品は3部構成になっていて、各部には4?5曲の決められたプログラムがありますが、それぞれ最後にもう一曲何を踊るかはその場で決めるという仕掛け。そしてもう一つは、観客を舞台上に招待することです。会場に入ってからインビテーションの入った封筒を受け取った18人の観客は舞台上に並べられた椅子に座って、まるでタブラオのようにアーティスト達を間近で感じながら鑑賞できるのです。

最初のパートのREFLEJOは、アーティスト自身のナルシズムと観客の姿を映し出す場面。ハカラ、グアヒーラス、ペテネーラ、カバレスとヘスス・コルバチョと作品の司会進行役的なフアン・ホセ・アマドールのカンテで踊っていきます。一曲目からピルエタ(回転)も連発。サパテアードもスピード感があり、この後14曲あるのに大丈夫なのか?と思うほどの、迫力でスタートしました。そして5曲目は、フアン・ホセ・アマドールが舞台上の観客の一人に「セラーナとシギリージャ、どっち踊って欲しい?」と尋ねます。この時点で、尋ねる相手は一人でも、観客全員が「私はこっちがいい!」とか「どっちと言うんだろう?」と参加しているのです。ヘススのAmatoria=恋愛術(?)に引き込まれてきています。

JAVIERFERGO_CARMONA_04WEB.jpg第2パートは、TERREO。スペイン語にはなく、ポルトガル語では大地を表す言葉。大地との繋がり、つまり地中の根っこということから、自分の原点やこれからのどこに行くのかというテーマで選んだ曲。タンゴやグラナイーナが踊られました。ギターのフアン・レケーナ、もう一人のカンテ、ジョナサン・レジェスも舞台転換にスムーズに対応。3曲目のルンバでは、会場の通路をカンテのヘススとジョナサンがリズムをとって歌いながら、そして、ヘスス・カルモナも一緒に歩き、またもや会場との一体感を強めます。そして、今度は会場の観客に次の曲を選ばせます。「カーニャ、ソレア、タラントの中で、どれがいい?」客席からはいろんな声が飛び交います。「タラント!」という声が多かった中、訊かれた人はカーニャと答え、舞台の前方、ギリギリのスペースでカーニャを踊ります。途中、ヘススの靴のかかとが取れると、それはそれで大いに湧きました。

JAVIERFERGO_CARMONA_05WEB.jpg第3パート、LOZANOは、自由がテーマ。その中でも見所はなんといってもスペイン舞踊の場面。スペイン国立バレエ団でプリンシパルを務めたクラシコ・エスパニョールの腕前が存分に発揮され、カスタネット(パリージョ)を使いこなし、素晴らしい跳躍も見せて、ベルディアレスを愛嬌たっぷりに踊りました。数年前にこのヘレスのフェスティバルでサラ・コンパニアでの公演を観たときよりも、格段にフラメンコもスペイン舞踊も力が増して魅力的。今回は舞踊団ではなく、ヘスス一人というのも功を奏したのかも知れません。一人で10曲以上踊るのは大変なことですが、ヘスス自身の持つクオリティーを最後まで保てた感はあります。

JAVIERFERGO_CARMONA_07WEB.jpg最後までリラックスして、楽しめた公演。ヘスス自身も合間のフアン・ホセとのトークや観客の参加を楽しんで、自分のアルテ(アート)を発揮できた清々しい表情で終わりました。唯一緊張していたのは、舞台に上げられていたお客様達かもしれません。そして、ヘスス・カルモナのAmatoriaにかかった人はたくさんいたはずです。

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