IMG_0746.JPG連続してレポートしているフラメンコ・フェスティバルが開催されているへレス・デ・ラ・フロンテーラは、おなじみシェリー酒の産地。街の中にはシェリー酒のボデガ(酒蔵)がいくつもあります。日本でドライシェリーとしてよく飲まれているティオ・ペペ(TIO PEPE)も、もちろんここで製造されています。見学ツアーのできるボデガには最後に試飲できるおまけ付きが多いのですが、ティオ・ぺぺの製造元ゴンサレス・ビアス社の試飲する場所に数年ぶりに行ってみて、その変貌ぶりに驚きました。以前はアンダルシアのフェリアのカセタ(テント小屋)に似せた作りだったのが、ここはバルセロナ?と思うほどモダンに変身していました。

フラメンコも時代とともに変わっていく傾向はありますが、やはり原点を見失ってはいけません。原点から繋がって派生していったものには、ちゃんと脈々と「フラメンコ」が息づいていますが、原点との繋がりが切れてしまったり、先端だけを見て真似ているものには「フラメンコ」が感じられないものです。

JAVIERFERGO_RP26-02_01.jpgフェスティバル会場の一つ、パラシオ・ビジャビセシオでは今年もカンテ・コンサートが開催されています。
「Ciclo de La Raiz」は訳すと「ルーツ(根)のシリーズ」。地元へレスのカンテのルーツを受け継ぐアーティストが登場します。この日は、ホセ・デ・ロス・カマロネス(Jose de los Camarones)とマヌエル・フェルナンデス・エル・ボリーコ(MANUEL FERNANDEZ "EL BORRICO")のコンサート。(写真:向かって左がエル・ボリーコ、中央がホセ・デ・ロス・カマロネス)
ホセ・デ・ロス・カマロネス、という名前はまだあまり馴染みがないかもしれませんが、以前はビスコ・デ・ロス・カマロネス(Bizco de los Camarones)という名前で3枚のアルバムを出しています。13人兄弟の長男として生まれて、相当な貧困の中で育ったそうです。現在60歳ですが、その後の人生も波乱万丈。まさにフラメンコの中でも悲しみや苦しみを歌う曲種、ソレア、シギリージャ、マルティネーテなどの歌詞の世界に生きてきました。コンサートを前に地元紙のインタビューで「最近の若者はカンテホンド(カンテの中でもより深い感情を歌ったもの)を歌う動機自体がない。本当に歌えるにはそれだけの苦しみを実際に味わってないと。24、25の青年がソレアやシギリージャ、を歌う理由がないだろう。もちろん、うまいこと歌うことはできるだろう、いいスーツも着て。でも、親父が元気にボカディージョ(スペインのサンドイッチ)食べてる前で、"親父が死んだ"なんて歌えないだろう。」。コンサート会場に姿を現したホセは、どこか現代の人とは違う不思議なカリスマ感が漂っていました。そのインタビューからもう一つホセの言葉をご紹介させてください。4、5歳の子供たちの前でカンテを歌った後、一人の男の子がホセに「どうしてそんなに一生懸命歌うの?」と質問したそうです。それに対して「カンテホンドはパパやママのようなものなんだ。怪我をした時、早く治るように一生懸命手当てして傷が塞がるように治してくれるだろう?それがカンテなんだよ、カンテは癒してくれるんだ。」

舞台に上がるといきなり始まったマルティネーテ。語っているようにストレートに真の感情をのせて歌うホセのカンテ。マラゲーニャの後2曲歌うと、まだ20分しか経っていないのにもう終了。後で聞くところによると、なんと会場の手違いで照明をつけてしまい、それを時間が来た合図だと思って退場してしまったのだそうです。もっと聴きたかったので残念です。

同じ会場の2番手は、マヌエル・フェルナンデス・エル・ボリーコ。(MANUEL FERNANDEZ "EL BORRICO")。父方はFamilia directa de Terremoto, Sordera, Los Parrilla, Los Moraoたくさんのへレスのファミリーと繋がっている、ティオ・ボリーコの一番下の息子にあたります。父方はテレモト、ソルデーラ、パリージャ、モラオとへレス通の人ならお馴染みの有名アーティスト家系。母方はカラスコ。なので、どことなく、へレスのカンタオールの誰かしらを思い出させます。20年間セビージャで歌い、その後、へレスに戻ってきたそうです。声を出すときは大きな体を震わせ目をつむり絞り出すような表情ですが、歌詞と歌詞の間の切れ間にはふと真顔に戻るという瞬発力型?

JAVIERFERGO_UHF_03.jpg伝統的なスタイルのカンテ・コンサートとは打って変わって、現代のフラメンコのコンサートもありました。その一つが、UHF=ウルトラ・ハイ・フラメンコというグループ。2005年にバイラオールのホアキン・グリロ(Joaquin Grilo)を通じて結成されたグループで2007年にグループとして本格的に活動を始め、アルバムも出しました。2枚目のアルバム「BIPOLAR」を出した後、一度解散した形となったようですが、新しいギタリスト、ホセ・マヌエル・レオン(Jose manuel Leon)を迎え、新生UHFとして活動を再開しました。

メンバーは4人。コントラバスのパブロ・マルティン・カミネーロ(Pablo Martin Caminero)は、昨年ロシオ・モリーナ(Rocio Molina)公演「アフェクトス(Afectos)」で来日していました。バスク地方のビトリアの出身。バイオリンのアレクシス・レフェブレ(Alexis Lefevre)はフランス生まれのアルゼンチン育ち。パーカッションのパキート・ゴンザレス(Paquito Gonzalez)は、ここへレスにほど近いサンルーカル・デ・バラメダ出身のバリバリのアンダルシア人。ですが、ある時、長髪のフラメンコなルックスから、突然今のインテリな感じの短髪眼鏡に変わりました。昔の姿はもう想像できません。ギターのホセ・マヌエル・レオンは、パコ・デ・ルシアを生んだアルヘシラス出身。へレスのギタリストのホセ・ケベドに代わっての新メンバー。今回はこの4人にバイラオーラのロサリオ・トレド(Rosario TOledo)が加わって、フェミニンな要素をプラスします。

JAVIERFERGO_UHF_04.jpg「ロサリオは超プロフェッショナルで、僕ら男四人にはない綿密さ。すごく助かってる。」とパブロがほのぼのと話します。コンサートでもパブロがMCを務め、そのリラックス感でまるで仲間うちでセッションをしているような雰囲気。曲はメンバーによるオリジナルで、それぞれの個性が出ています。例えば、ビクトリア出身のパブロは「ブレリア・デ・ガステイス(ビトリアのバスク語での呼称)」というタイトルの曲を。パキートのソロ・パーカッションでは歯切れのいいカホンでフラメンコ感たっぷりです。ジャズ寄りな曲から、ソレア、シギリージャ、タンゴというフラメンコの定番まで、このクループならではのアレンジで違和感なく楽しめました。バイレのロサリオ・トレドもコケティッシュな魅力で表情豊かに、コンサートに立体感を与えました。最後は美しいグリーンのベルベット生地のバタ・デ・コラ(裾の長く伸びたドレス)で踊った後、舞台上でパンタロン姿に変身。一転して男性的な踊りも見せてくれました。最近はこの「舞台上でのお着替え」演出が非常に多いです。コンサートの様子は、下記ビデオでご覧ください。

写真/FOTO : Copyright to JAVIER FERGO/ FESTIVAL DE JEREZ
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3つの壁の乗り越え方

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フラメンコ(カンテ/踊り/ギター/他)が難しい...
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