追悼 今も響くファニジョロのカンテ

8月28日、ファニジョロが逝ってしまった。しばし呆然自失。その後大きな大きな悲しみが押し寄せる。享年38歳。いくらなんでも早過ぎる。また一人、へレスからアルティスタがいなくなってしまった。

 2004年、ギタリスト俵英三さんに中に入ってもらい、ディエゴ・デ・ロス・サントス
“ルビチ”、ドミンゴ・ルビチ、ホセ・ルビチ、ここにもう一人歌い手を入れて公演をすることを決意。その時ドミンゴが強力に推して来たのがファニジョロだった。その頃のファニジョロは、歌い手としての活動を始めてまだそう経っておらず(もともとパルメロとしてキャリアをスタートさせた。ちなみにギターもかなり上手かった!)、毎年へレスに行っていた私も、まだファニジョロの歌を聞いたことがなかった。

不安もあった。しかしドミンゴをよく知る俵さんが、「大沼さん、ドミンゴはいいものがやりたい、それだけや。そのドミンゴがファニジョロは間違いない言うんやから、信じてええんちゃうの。」というので、よし!と決断した。

日本到着。リハで初めてその歌を聞いて圧倒された。当たりも当たり、大当たりだった。これぞプラスエラ。プラスエラのぶっといカンテ。今も私の耳の中で彼の歌が聞こえている。

思い出話は尽きない。しかし、話より何より、あのカンテを聞いていただきたい。
そしてあのパルマ!この夏、ファニジョロとは幼馴染のミゲル・アンヘル・エレディアと
ファニジョロのパルマの素晴らしさを語りあったばかりだった。

-以下の3つをYouTubeにアップしたので、是非お聞きください。-

ソレア・ポル・ブレリア(2004年)

初来日の初々しいファニジョロと、深い井戸のようなディエゴ。

ソレア・ポル・ブレリア(2005年)

ディエゴがファニジョロにカンテソロの大役を渡した。プラスエラの若手が長老の前で歌う凄まじいソレア・ポル・ブレリア。

ブレリア(2005年)

なんとまあ、このギターとこのパルマ!ギターとパルマだけでこんな世界が生まれてしまうんだから、もう、言葉がない。 

 ファニジョロ。ありがとう。どうぞ安らかにお眠りください。