カンテ部門

カンテ部門総評

堀越千秋
吉例のフラメンコ新人公演である。A先生の独断と偏見はB先生のそれと異なる。当然僕とも異なる。
それもひとつの表現だからである。そう思って読んで頂きたい。もし出演者の方で御質問のおありになる方は、どうぞ往復ハガキにてアクースティカあて(〒141-0021 東京都品川区上大崎2-15-5長者丸ビル3F)にお送りください。必ずお答えします。ランクはA、a上、a中、a下、B上、B中、B下、b上としました。

小森晧平
全般的に前よりは進化しつつある。日本のカンテもギター、バイレと共にレベルアップしてきてるのは事実だ。
ただ、殆んどの人がバイレ伴唱の仕事中心のため、それがカンテソロに微妙な影響を与えているような気がする。
カンテソロのためにはスペイン人アーチストのクルシージョ参加がとても大切なことだと思う。昨年来日したアントニオ・ビジャール、そして今年はエル・ロンドロとかに習えたら、きっと良い成果を遂げられるだろう。しかし、その人たちの良さを身につけるためには基本的な技術が絶対に必要である。

若林雅人
カンテは面白い。9人の出演者なのに、これだけ異なる個性が登場するのである。カンテは信用できる。出演者がどのように見られたいかに関係なく、こちらには「その人」が見えてしまうから。衣装や演技でなんとかしようとしても隠し様がない。裸で人前に出るようなものだ。フラメンコにはルールがあるし、聴く人の好みは色々だけど、舞台の上では自分が主人公。臆する事なく自分をさらけだそう!

加部洋
生来生れ持った自分のノドがフラメンコに向いているかどうかも分からない状況の中で、カンテの上達を信じて練習を積むという困難な道のり。確かに上達した好例を見ることは少ない。しかし今年は違っていた。情熱がそれに打ち勝つことがある、その例が今年だった。



1 織田洋美 さん

(ティエントス・イ・タンゴス)

織田洋美

●良い声。タンゴのテンポが良い。第一声にたじろぎが感じられた。発音に癖のあるところあり。たとえば「メ・パレセ・メンティーラ」のメンのところとか。ギターを待たないで唄って欲しい。つまり、リズムをギターまかせにしないで自分の中の自立的なリズム(コンパス)に従って唄う。隣で鳴っているギターをあてにしてはいけないのだ。がんばってほしい [B上](堀越千秋)

●音量は良い。ただしカンテソロの場合はティエントスにもっと集中力を入れて、タンゴはハケ唄だけの方が良かったのではないかと思う。パルマが入るとどうしてもバイレ伴唱っぽくきこえてしまうので・・・。テクニックと音量の抑制がもう少し出来るようになれば将来期待できるだろう。 (小森晧平)

●良い意味で古風な女性を感じさせる声。声量はあるが鼻にかかる発声が気になった。言葉が曖昧に聞こえたのはそのせいかも。最後のタンゴはちょっと速すぎた印象。(若林雅人)

●ふっくらとしたふくらみのある声が魅力的。ティエントで、節が「ミ」に終止する部分で、節がきれいに流れなかった時があった。最初は音を探っている感じがあったが、タンゴになってのびのびと本来の良さが出てきた。いい声質を持っているので、今後が楽しみ。(加部洋)

2 佐々木紀子 さん

(シギリージャ)

佐々木紀子

●近年の彼女より長足の進歩である。声を装飾的にひらひらさせず、一本の線として用いられるようになった。シギリージャはふつうもう少し早く唄われる。力演のギターをどうしても待ってしまっていた。カンテは本来ギターと合わなくても良いのだ、という気迫と気概と、コンパスについての知恵がないと、どうしても隣で鳴っているものに合わせてしまうものだ。和を尊ぶ日本人の悲しさ。彼女の声は後半「ガナ・デ・ジョラール」の方でよく出て来た。美しい声だ。ただもっとたたみかけるようなリズムで迫ってきてほしかった。まことに惜しい。新人公演はコンクールじゃない。こりることなく来年も出て欲しい。 [a中](堀越)

●やはりかなりキャリアは感じさせる唄い方ではある。以前より上手い節回しも感じられるようになったが部分的に少し問題もあり。今後堅実な音量調整と節の動きを更にもう少し研究してもらいたい。 (小森)

●熱演。力一杯に伸びるところは気持ち良いが、小さい声での技巧的な表現になると小さくまとめようと感じられて勿体無い。最後に向かって腹に力が入り、彼女の内面が表に出てきた気がした。鈴木君の伴奏が亡くなったモライートへの追悼に思えて切なかった。(若林)

●ここ数年来の佐々木さんとは別人のようにフラメンコだった。弱々しいハスキー声でもなかった。音程も良く、しっかりシギリージャの節を追っていた。ただ全体、力み過ぎの感があり、力の入れ所、抜き所、泣き所など多様性が欲しかった。(加部)

3 山口恵都子 さん

(ソレア)

山口恵都子

●美しい力強い声。音程をむりに操作しようとすると、苦しい。ソレアはアジアから伝わった古曲である。何百遍も口ずさんでいると、何ともいえないなつかしさと共に自然な節回しが出てくる。そうなれば唄い回しは楽になる。日本のうた、と思えばもっと楽になるだろう。 [B中](堀越)

●音域の高さは良し、但し節の流れに不安あり。特に音が下がる部分、ここは階段下りにしなければならない。ソレアとかナチュラル系の曲には最もそれが大切だ。 (小森)

●瞳を閉じ、自分の中に入って歌っていたのが印象的。格調ある正調のギター伴奏が渋い。カンテは終わり方が肝心。最後まで油断しないで丁寧に歌おう。音程を大きく揺らす歌のイメージはわかるが何かが違うと思う。(若林)

●発声が腹の底から出ていない感じが気になった。節回しもかなり頑張って回そうとしていたが、いま一つきれいに回っていなかった。熱い思いをもって、今後も練習を続けてください。(加部)

4 深谷恵子 さん

(ペテネーラ)

深谷恵子

●本来の美しい力強い声が後半に出たように思う。第一声は緊張のせいか生き生きしていなかった。発音、たとえばMAREをMALEと誤った。LとR を練習されたし。日本人の泣き所。ペテネーラらしい風情はよくつかまえていた。しかしペテネーラは単にのんびりと悲しい曲ではない。[B上](堀越)

●歌としての節の動きは良いがカンテっぽさがまだ少い。カンテ特有のお腹に瞬発力を入れたこぶしが必要。 (小森)

●物悲しく美しいギターの余韻の上に、そっと言葉を置くような始まり方が良かった。内側からこみ上げてくる感情が伝わってくる。彼女には歌う理由がある、と思った。大切なことである。(若林)

●発音がカタカナスペイン語的。しかし、メロディ、節回しはかなり原曲を忠実に追っていて好感が持てた。音程も悪くない。あとは、もっとフラメンコ的は発声の研究ではないだろうか。(加部)

5 許有廷 さん

(マラゲーニャ)

許有廷

●すばらしく美しい声。澄んだ、それでいてフラメンコな声である。音程が良い。時として狂いそうにはなるが、それに頓着しないでどんどん唄うところが良い。多少ギターをあてにして待つところあり。自由律だからといって、そういうところが弱さとしてきこえるのだ。ゆっくりすぎるところも弱さ。美しいメロディに「居着く」癖は日本人みなにある。だからマラゲーニャやグラナイーナを好むのだ。得意だからというより、弱味を隠すために。こんどは、この力強い美声でシギリージャを唄ってほしい。マヌエル・トーレの姪ラ・トマサのように。 [a上](堀越)

●音程そして節回しの良さは以前同様とても良いし、声の出し方もかなり力強くなってきた。あとは節の締め部分とかフォルテッシモの部分に抜きこぶしを使ってもらえたら、もっと良いカンテになる。(小森)

●魅力的な声である。非常に丁寧な線で始まり、こちらの背筋が伸びる。会場は凛(りん)とした空気に包まれ、観客は息をひそめ、静かで心地よい緊張で満たされた。後味が非常に良い。彼女にも歌う理由を感じる。あの空気の中で動じない伴奏家も見事。(若林)

●堂々たる素晴らしいマラゲーニャであったことに間違いない。しかし、ろうろうとした節回しの中に、時々小さなミスがあったのが気になった。伴奏ギターに影響を受けた歌唱に思えたが、個人的な好みから言えば、もう少し速いテンポで歌って欲しかった。(加部)

6 末木三四郎 君

(シギリージャ)

末木三四郎

●発声よろしい。早め早めにリズムをとらえて出てくるのは、いかにも踊り手らしく、大変に良い。念仏のように、基準となる音をつかまえておけば、メロディの上下が自然になる。所々、下がる所が半音(?)下がりすぎるのは日本人の癖である。それが何に由来するのか未知であるが。もう少し高い音程で唄った方が良いかもしれない。 [B上](堀越)

●声の強さは認めるが節の流れが単純すぎて、いわゆる簡単に譜面に出来るような唄い方はカンテソロとしては今いちだ。 (小森)

●マッチョに眼光鋭く迫力あり。でも、胸から上だけがこちらに向かってくる印象なのは、のどだけで歌っているからだと思う。踊りと同じで重心は腹に置こう。そうすれば最後まで息があがらずに終われたと思う。(若林)

●目一杯の歌唱に好感が持てたが、ここでもう少しキーを上げて更なる緊迫感が出せたら、と思った。つまりキーが低く感じて、多少もどかしかったのだ。あとは、細かい"泣き"のテクニックなど変化に富んだ要素を加えることだと思う。(加部)

7 土井康子 さん

(グラナイーナス)

土井康子

●堂々たる美声である。玉を転がすような、なんとも美しい唄い回し。声を小さく絞るところなど、中々の技である。ソレアなどを唄ってくれたらうれしい。なぜならとかくグラナイーナとかマラゲーニャを日本人が唄うと、独特の湿気を帯びてしまい、本来の晴れ晴れした美が湿ってしまい、それでも何とか格好がつく、と錯覚した変な唄になってしまいがちだからだ。彼女らしい堂々としたソレアを聞いてみたい。 [a中](堀越)

●以前よりききやすいカンテに変ってきた。声の出し方、節の流れも前より良くなった。あとは声質がもう少し変わることと、テクニック(抜き、吹き、こぶしなど)が身につくといい。 (小森)

●大きく歌う時の圧力ある声が気持ち良い。爽快である。小さく歌う時に細かく震えるのはくせなのかな?歌い終わりが頼りないのはちょっと気になる。でも腹くくって「ビシッ!」と出た時の彼女はキラキラして誠に格好良いです。(若林)

●毎年聴かせてもらっているが、今回が一番良かった。サリーダも良かったし、伝統の節回しを忠実に再現してみせたところが素晴らしい。音程も安定していた。最後の盛り上げが秀逸だった。(加部)

8 福井康治 君

(ブレリア・ポル・ソレア)

福井康治

●元気よく唄っているのが嬉しい。「ジョ・メ・メティア・ポル・ロス・リンコーネス」のあたり、音程の微妙な狂い方まで研究しているかのようで、良い。美声で、トマス・パボンを唄い切っている。ちょっと斜めのポーズはチョコラーテか。そのユーモアも良い。 [a下](堀越)

●まだキャリアは浅い感じだが優れた肥料で大事に育てられて芽生えてきた感じはする。今後はテクニックを更に進化させ、音程を重視して練習に励んで欲しい。 (小森)

●SPレコードから出てきたみたいで面白い。目を閉じて聴いていると女性の声にも思えてユニーク。最後まで、身ぶり手ぶり華やかに全身で表現したエネルギーは評価するが、「アウィウィ......」と名人達の形だけが耳につくところは不自然に思える。でも、あれがやりたいんだろうね。(若林)

●カンテが好きで好きでたまらないという感じが伝わってきた。周囲に漂わせる雰囲気はたいへんフラメンコ。あとは、フラメンコらしい腹の底からの発声と多彩な節回しか。(加部)

9 齊藤綾子 さん

(マラゲーニャ)

齊藤綾子

●何という美しい、フラメンコな声!はじめのあたりはまだ声が口ごもっているようであったが、「ノーキエロ」のあたりから、何というよろしさ!口は、笑った時のように頬の筋肉を用いると声がスペイン人のようにはっきりと出る。マラゲーニャに逃げ込まずに、しっかりしたテンポのソレアを唄ってほしい。 [a上](堀越)

●声量、音域とかには特に問題はないが、問題点があるとすれば、発声方法、つまり声帯の使い方かもしれない。ちなみにカンテには絶対に必要な節回し、そして抜きこぶしが部分的に出来ていたことは認める。あと唄の最後の締めがしっかり聞いている人の耳をとらえるようにすることが大切。 (小森)

●彼女の後ろから声が聞こえる。良い才能だ。会場のどこからか、ユニゾンの様に別の声が聞こえてくる。不思議な才能だ。あの大会場の隅々まで浸透させた声は見事。ギターの熱演にのって大きく泳ぐような歌いまわし。とても気持ちの良いマラゲーニャでした。(若林)

●音程はしっかりしていたし、迫力も充分だった。声の強弱、節回しも注意深く歌っていた。泣きもある。これと言って悪いところが見つからない。あえて言えば、スケールの大きいカンテを目指して欲しいということだろうか。(加部)


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