三日間続く「フラメンコ・フェスティバル・イン・トーキョー」の初日の舞台は「トラスミン」。素晴らしいバイレに感動したので、山積みの原稿をすべて脇に追いやってお伝えしようと思う。その筆頭がマヌエル・リニャンだ。

 1980年、グラナダに生まれ、30半ばに差し掛かろうとするこのバイラオールの経歴は輝かしい。しかも今年、2013年にはスペインで注目の「プレミオ・マックス」というダンスアワードで、最優秀男性舞踊手賞(el mejor interprete masclino de Danza)を獲得。いま最も脂が乗っているバイラオールと言っていいだろう。
 が、筆者は10年前から各方面で誉め言葉を聞いていながら、今日が初見だった。何度も映像を見ていたが、バレエやコンテンポラリー的ニュアンスが匂い、二の足を踏んでいたのだ。今となれば百聞は一見にしかずの典型で、反省すべき結果だ。
 目の前に初登場したマヌエル・リニャンは、共演のベレン・マジャと、何とバタ・デ・コーラ(裾の長い女性用スカート)姿! トランスセクシュアル的にカンティーニャスを踊って、筆者を大いに唖然とさせたが、真髄は次のソレアだ。
 先ほどとは一転、ダークスーツにスカーフというオーソドックスな衣裳で、次々とエネルギッシュに技を繰り出すのだが、そのすべてがとにかく美しく、速く、キレがよい。特に、身体の中心軸を床に突き刺したような絶対的安定感は見ものだった。ぐらついたり、ブレたりといったことがまるで無いのだ。まるで足の裏に吸盤がついているかのよう。バレエ的な美しい連続ブエルタ(回転)や、膝をつきながら滑るように回る曲芸的な器用さも素晴らしく、サパテアードもクリアで、やりすぎない。綺麗に鳴るピトス(指鳴らし)もイイ。要はバランスが良い万能型なのだ。
 一方で、ブラソ(腕)とマノ(手)のなまめかしさや、白い顔に浮かぶ陶酔と集中の表情は、どこか女形的な妖しさが漂い、何とも不思議なキャラクターだった。しかも、カンテを一身に浴びて、じっと立つ姿が非常に美しく、筆者はそこに最も強い感銘を受けた。能弁な身体をあえて抑えて語る、伝統フラメンコの美学。沈黙の黒い輝きを、バイレの舞台で感じたのも、実に久しぶりであった。
 ベレン・マジャは、ラストのマルティネーテがきわめつきだった。名舞踊手だった父マリオ・マジャ(1937-2008)が、映画「フラメンコ」(1995)で見せた、椅子に座ってのサパテアードを再現。膝を大きく開き、という滑り出しは同じだが、中盤からベレンらしい振付アレンジが表出。コンパスのみのモノトーンの世界は、彼女のストイックなバイレを際立たせる。初日の会場は熱狂的なスタンディングオベーションで幕を閉じた。
 明日(10月13日)はフラメンコ界きっての鬼才、イスラエル・ガルバンの登場である。その作品は、シンプルなフラメンコで真っ向勝負という「黄金時代 La Edad de Oro」。日本初演のこの作品、イスラエルの狂気は炸裂するのか?

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