高橋英子のスペイン、グラナダ、きもったま

フラメンコ三昧の秋(2) カンテの巻/ダビ・パロマル、レメディオス・アマージャ


東京フラメンコ倶楽部 スタジオコンサート/ダビ・パロマル (10/26)

本場スペインのペーニャを日本で実現したいということでカンテが中心という
ペーニャ・フラメンカ(フラメンコ愛好家が集う場所、組織)があります。東京フラメンコ倶楽部。
そこで10月下旬にカンテのコンサートがありました。
それがなんとカディス出身人気カンタオールであるDavid Palomarダビ・パロマル。
ダビは田村陽子さんのコンサートで来日中でした。田村さんの協力で実現したということ。
何を隠そう、ダビのファンである私は踊り歌でなく彼一人のカンテを聴けると言うので
いそいそと出かけて行きました。

ダビは、今ではコンクールで賞をとったりしまして格が上がり、スペインでもソロで呼ばれる
ようになりましたが、駆け出しの頃、踊りのバックで唄っていまして、グラナダにもよく仕事で
来ました。その頃からわたしが密かに期待していた若手アーティストなのです。最初のCDでは
カディスのカンテをざっと知ることができなかなかよくできています。
2枚目「ラ・ビーニャ...」もそうですがもっとモデルノで、カディスの楽しい雰囲気、グラシアを
現代風に押し出していて痛快です。どちらも沢山テーマがあり、約1時間た~っぷり聴けます!

davidpalomar.JPG左のおかしな写真は小松原庸子先生の公演で来日した時のもので4年ぐらい前。この頃、わたしは腰を痛めていたのでなんだかへっぴり腰でがに股、おまけに雨ゴート来ていまして、せっかく憧れのカンタオールに会うのに女コロンボみたいな風采が上がらないいでたちでしたよ(笑い)。
この時はMacandeマカンデというカディスの伝説に残る唄い手のファンダンゴを唄いまして、そのことも気になり楽屋に押しかけました!
彼はやっぱり色々知っている!嬉しかったのであります。

それはいいとして、この日のペーニャは多くのカンテファンが集まり大盛況だったのであります。そしてまたダビは静か眼差しで聴き入る日本のカンテファンの為に、まぁありとあらゆるカディスの歌をたっぷり聴かせてくれたのです!ギターはベテランのエンリケ坂井氏。

penatokyoのサムネイル画像上記マカンデのプレゴン、ロマンセ、などで始まった
その趣味の良さ、ニクイね~!続いてぺパ・デ・オロのミロンガ......
いやーなかなかこれ面白い!もう一度聞きた~い!この辺の曲名や
アーティストはちょっと専門的かな?ダビは色々と解説もしていまし
たが、彼のスペイン語が終わると、サッと会長の飯野昭夫氏が通訳を
してくれまして、お客さんもハ~フ~ウン!とうなずき、その手際
よい進行で、皆さんすんなりと歌の世界に入り込めたようです。
そんな感じで曲ごとに会場も熱い雰囲気になり、最後に
「さぁブレリア!」となりましたら本人のウナ・パタイータも
出まして、お客さんはすっかり満足、けっこう踊ってくれましたよ!
その絶妙なコンパス!これまたニクイのであります。
楽しい会でした。それもこれも、エンリケ氏や飯野氏他ペーニャの
関係者のフラメンコの知識と愛情と熱意......のおかげ。彼らに敬意と
感謝の気持ちを込めて、ガディターノ(カディス人)としての誇りと
アーティスト精神でもって応えるダビの心意気にも感心しました。
ビバ、ペーニャ・デ・Tokyo!
[写真]ペーニャのイス、興奮の後(すいません、写真撮れませんでした!)

踊りの声 La voz del Baile「ラ・ボス・デル・アイレ」/レメディオス・アマージャ(11/4)

11月になって、大物がやって来ました!Remedios Amayaレメディオス・アマージャ
きっと全ヒターノのお墨付きでしょう。特にカマロンは彼女の歌に霊感を与えられるとか
言っていたそうです。凄いですね!フェステーラということでブレリア、タンゴを主に
舞台では唄いますが、カンテホンドのような深み、重さがある。一節一節が心にしみてくる。
品がある。そして、ただでも声や容姿がそれはそれはステキで、おまけに踊り出したら
最高にカッコいいのです!わたしは彼女の舞台をスペインで何回も見ていますので、
金欠の折、外出は控えたかったのですが、なんだか気になって会場に向かってしまいました。

[写真]3年前グラナダ近郊の村で歌ったレメディオと。
remedioamayaのサムネイル画像レメディオと言えば、30年前にエウロビシオンというドイツ?の歌謡コンクールみたいのにスペイン代表の1人として出場して話題になったことを今になって思い出しました。
その時唄ったQuién maneja mi barca quien~というタンゴのカンシオン(歌)、わたしも好きでよく口ずさんでいました。テレビで観てステキだったんですよ。
でも、その時彼女は大の舞台で裸足で歌ったので、それをあーだこーだと言われてしまったらしいのです......。


初来日の彼女、本当に嬉しかったんだなぁ~と今回の舞台を見て思いました。
苦労も多かった彼女です。主催者や、観客に感謝の気持ちを込めて絶唱していました。
そして、アッと思ったら靴はいてません!ちょっと遠かったのでよく見えませんでしたが、
裸足だったと思います! 最近の若い歌い手さんたち、よく高いヒールをほっぽって
裸足になっちゃいますけど、レメディオは30年前からやってたんですよ!これって
ヒターナの性分?プライド?エウロビシオンに参加したことも誇りに思っていたらしいので、
なんだか意味ありそうじゃありませんか?

remedioconciertoのサムネイル画像唄おうと思えば何でも唄える筈の彼女、確か昔、グラナダで
ペーニャ・ラ・プラテリアに出演した時、椅子に座って他のパロ
も唄っていました。今回シギリージャとソレアをフォアン・デ・
フォアンの踊りのために歌いましたね。
出だしのシギリージャのテーマはステキでしたし、他の曲も
よかったです。ソロで歌ったタンゴはほんのちょっとしか
歌ってもらえなかったのが残念でしたが、全体的にカマロンが
歌った懐かしいレトラ(歌詞)がいっぱい出てきまして、
とても楽しめました。だいたいレメディオが踊りのバックにいる
こと自体がスペインではめったにないことですので、
そういう意味でラッキーな気分にもさせてもらえました!
このコンサート、主役はフォアンでしたが、ギターの
ニーニョ・ホセレ、ディエゴ・デル・モラオ他も出演していまして、とってもフラメンコな、でもちょっと面白い取り合わせ。
(どんな繋がり?)
そして、日本の皆さんにレメディオ達の素晴らしさを感じてもらいたい、また、レメディオ達を
日本に連れて行ってあげたいという主催者たちのあったかい気持ちが伝わって来る公演だったと
思います。衣装メーカーと連携して宣伝ビデオまで作っていましたね。かなりの気の入れようで、
公演ではアンケート用紙が小型シャープペンシル付きで配られ、細かい気配りまで!

考えてみると、この公演のようにバラエティに富んだ内容にしないと、日本で唄い手だけの
コンサートを実現するのは難しいかもしれませんけど、まだ日本に来ていない大物が沢山います。
グラナダが誇る歌姫エストレージャ・モレンテやマリーナ・エレディアの舞台も日本の皆さんに
観て聴いて欲しいです。う~ん、いつそんな日が来るんでしょう。誰か実現してくださ~い!
踊り手も混ぜないと確かに集客大変かもしれませんが、彼女達だけで充分満足できる素晴らしい
舞台を見せてくれます。ともにヒターノの血を引くし、裸足になっちゃうかも。

しかし今回何と言ってもレメディオの貫録、凄かったです!最近ちょっと太目?なんだか
身体全体を覆いつくすような布で作った衣装でさっそうと登場したその姿は
パケーラ・デ・へレスを彷彿とさせましたね。大物と聞いていてもその大物加減はやはり
見てみないとわかりません。観に行った人勝ち!観客もこれは凄い!とびっくりしたようです。
みんな立ち上がって大拍手していました。公演成功おめでとうございました!

                                       (続く)


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高橋英子 プロフィール

フラメンコ舞踊家。スペインに暮らしながら、現地での舞台活動を重ねてきた貴重な存在。81年渡西。83年、セビージャでセビジャーナスコンクールに入賞し話題を撒く。翌年、グラナダを代表する踊り手マリキージャのアカデミーに招かれてセビジャーナスのクラスを開講。以来グラナダに住み、フェスティバルやタブラオ、ペーニャ等に出演。リサイタルも度々開催している。98年にはスタジオ「ラ・カチューチャ」を開設した。一方日本では、ペヌルティモ・コンサートシリーズ、「きもったま鍋」シリーズなどを上演。フラメンコ舞踊独特のペソ(重さ)とコラヘ(怒り、内に秘めた激情)、そして粋なグラシア(愛嬌)に溢れたバイレは高い評価と人気を得ている。現在は日本でも常設クラスを開講し、日西を行き来しながら精力的に活動を続けている。
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