さて、ロシオ・モリーナを生で見るのは初めてなのでワクワクして出かけた3日目。とにかく彼女のことは、マリオ・マジャが生前、Exquisito(非常にいい、食べ物の場合はとっても美味しい)なアーティストが出現した!とべた褒めだったのです。あれよあれよという間にスターの座を獲得し、26歳の若さでスペイン舞踊賞を受賞してしまったという天才なのです。1984年生まれだから、今年30歳になるんですね。プロフィールを読むと、2002年にマドリッド王立舞踊高等学校を卒業しているということですが、その3年後に初めてのフラメンコ作品を発表している。いきなり自分の世界ができちゃったみたいですね!とにかく凄いテクニックを持っていて、足も手も身体全体がリズムボックスのようです。そして古のアイレが好きなのだといいます。
今回の作品は「ダンサオーラDanzaora」(このタイトルも新語ではないようですが、あまり使っているのを聞いたことありませんでしたので面白いなと思いました。)この作品では古典的アイレが、特にアレグリアスの振付で漂っているのがわかりました。古い中にロシオの現代感覚が散りばめられていた感じでしたが、ちょっとかなりモダンだったかな、彼女独特の奇妙な振付といいますか、私なんかには落ち着いて楽しめない部分もありました。左の写真のあどけない笑顔、とってもかわいいですよね!でも話してみるとギャル的なフアフア感全然なくて、とても冷静、穏やかなんです。それからバックで唄っていたホセ・アンヘル・カルモナが、サンブラはペペ・ピントの唄ったものだったとかいろいろと教えてくれました。センスのいい歌い手ですね。そして実に感じのいい青年。とても好感が持てました。下の写真の中央です。
全体的にみて、作品の構成にはやはり難解な世界もありまして、自由自在にしなやかな身体を操り、気の向くままにあれこれと、そんな感じで、わたしはと言えば、よくまぁ次から次へとパソが考えられるものだなと感心ばかりで、その舞台展開についていくのもやっとという居心地の悪さがちょっとありましたね。ただ、LEDライト?をつけたタンバリンで踊りだしたり、シェリー酒ワイングラスを手に踊りだしたかと思うとガチャン!と割ってみたり、拳でカルメン・アマージャ並のコンパスを打ったり......etc。色んな面白い趣向を凝らしていまして、それがまた半端じゃないのです。それはそれは見応えのあるもの!ですから、色々楽しませていただきましたが、何でもないフィン・デ・フィエスタでブレリア踊っている彼女が観たい!そんな思いが残ったのは事実です。純粋にロシオのフラメンコが見たいと思っても、舞踊(ダンサ)自体がが好きでないと彼女の世界は理解しにくいな、うまく言えませんがそんな感じがします。
ということで、この3日間続いた大物たちの舞台、なんだかんだ言っても堪能しました!
故障中の足をちょっと引きずっていましたが、観に行ってよかったです。
さてロシオですが、この4月にまた日本にやって来ます!
3月にはエバ・ジェルバブエナが何年かぶりに、またやってきます。
今回は2つの作品を続けてやりますね。凄いです!
超人的なエバの久々の舞台、そしてロシオ......
ウーマンパワーが炸裂しますね!
イスラエルに関しては前回アップしましたが、バイレの巻を公演ごとに整理するためにアップしなおしました。内容は同じです。
さて、2日目のイスラエル・ガルバン。この人のことをUn bichoウン・ビチョと言う人がいます。ビチョとは気持ち悪い虫、虫けらとかの意味ですが、転じて只者ではない人のことを言いたいのでしょうか。なんともはかり知れない!普段のあの物静かなイメージからは想像できないです。 私は長いスペイン生活で、セビージャでは一時イスラエルの父、ホセ・ガルバンに習っていましたから、彼のことを知っています。昔はグラナダに踊りに来ると必ず挨拶していましたし、イスラエルの公演はへレスやセビージャに観に行ったりしていました。しかし、この10年ぐらいは彼の作品やステージを観る機会が全然なかったのです。この間、イスラエルは数々の作品を発表してきたのに......ニュースでちょろっと見れたり、ネットでちらっと映像を見たかな、そんな程度で、なんだかいつの間にか月日が流れてしまいました。やっと、幸いなことに昨年の夏クラナダで彼の最新作「Lo Real」を観ることができ、とてもインパクトのある力作でしたので、アーティストとしてのイスラエルに改めて感動させられました。そして、今回観た作品「La Edad de Oro」では、イスラエルの芸術性の根底にあるものを垣間見て、やっぱり彼は正真正銘のアーティスト!と思わずにはいられなくなりました。
イスラエルの、あの特異な身のこなしの中にフラメンコ性を見い出せないのか、どうも好きになれない方も多いようです。彼はフラメンコのアイレをそこはかとなく漂わせることで成り立っていた典型的、伝統的な従来の踊りに飽き足らず、今までの型を破った彼独自のスタイルを確立しました。それはそれはセンセーショナルな踊りだったわけです。私もこの奇怪な振りは何?などと思いましたが、素直に自分を見つめ、正直に自分を表現したのだろう、ただ、その独創的な世界の表現が見事なんで、ただただイスラエルって凄いな~とまぁ単純に考えていました。
彼の舞踊は見慣れてくると面白いです。あの振りの流れといいますか、表現の進行といいますか、瞬間的に行うポーズといいましょうか、果たしてこれは踊りなのか、立ち居振る舞いなのか、なんだかわからないうちに惹き込まれてしまいます。時々、これは演出かな?などと思わせるコミカルな場面もあり、興味深い内容でした。そして時に「死に物狂い」になっている姿がみられて圧倒されました。なにか訴えていることがあるような......そんな真剣勝負的な凄みを感じ、彼の踊りはその根底に何か底知れないエネルギーの渦がある!そんな感じがしてきました。
タイトルが「ラ・エダ・デ・オロLa Edad de Oro」、これはいったい何?黄金時代と訳されていて、フラメンコの歴史の中で、フラメンコが一般に広まり、カフェ・カンタンテが盛んになりだした古き良き時代のことをやはり、黄金時代と言われているので、フラメンコ人ならそれを頭に浮かべるでしょう。でも一般的には、あの前衛的シュールリアリストで数々の衝撃的映画を生み出したルイス・ブニュエルの同名の映像作品を思い出します。それからまた、一時期テレビ番組のタイトルでもあったり、月刊誌のタイトルだったりもしたそうです。
サルバドール・ダリと並んで、スペインの偉大な超現実主義の芸術家であるブニュエルの「La Edad de Oro」、1930年のこの映画、私なんかには訳がわからない世界でありますが、この辺のことをわかっているとイスラエルの踊りの芸術性が理解しやすいのではないかと思います。イスラエルの「La Edad de Oro」は、フラメンコの「黄金時代」ということで所謂フラメンコの伝統的な姿を再表現する中で、ブニュエルの「黄金時代」に影響されたイスラエルの芸術的スタイルを発見できる作品なのではないか、そんなふうに思えます。初演が2005年と言います。古き良きフラメンコの時代のへレスの歌い手、テレモート・デ・へレスの息子であり、その芸の域を引き継ぐフェルナンドを迎えてできたこの作品。ギターもとてもフラメンコなアルフレッド・ラゴス。よくまぁあんなに息があった伴奏ができるものだと感心してしまいました。フェルナンドが若くして他界してしまったのは、なんとも残念なことです。でもイスラエルはこの作品を踊り続けています。今はご存知のようにダビ・ラゴスが歌っています。内容が初演当時と全く同じかどうか知りませんが、彼の真髄に触れることができる素晴らしい作品、そしてそれを遅ればせながらも観ることができてよかったです。そしてなんだかもっと探りたくなりました!
実はイスラエル、一度私を元気づけてくれたことがありまして、それは私の大切な思い出となりました。ある時、わたしが自分の失敗だらけの演技を嘆いていたら、その後の彼の何気ない一言がまるで「いいところを活かせ!」って言ってくれているようで、その優しい心配りに救われた感じがしたのです。舞台終了後の穏やかなイスラエルを見ていて、そんな過去の思い出が蘇ってきたものでした。
まさにこの人、わたしにとってはフラメンコそのもの、大仏さま!なのかもしれないです。
(続く)
昨年の10月にフラメンコフェスティバルin Tokyo(10/12,13,14)という催し物がありました。「いろいろとフラメンコ三昧の秋」の幕開けはこの公演でしたが、書きかけのまま、あっという間に3ヶ月以上も経ってしまいました。遅ればせながら、あの時のスター達との簡単な思い出話などを混ぜて振り返ってみたいと思います。
第1日目、最近著しい活躍が目立つマヌエル・リニャンと偉大なアーティスト、マリオ・マジャの血を引くベレン・マジャ。わたしにとって同じグラナダ縁のこの2人の公演、観に行かない訳には行きませんでした。
ベレンのお父さん、マリオ・マジャとはよくご一緒させていただく機会もありましたが、ベレンとは全然なくて今回初めてその人柄に接し、あのカラッとした雰囲気がとても気に入りました。踊りは、本人もちょっと嘆いていましたが、何かが気になって引きずられるような重さが動きに見られたような感じがしないわけではありませんでした。
今回の出し物は「トラスミンTrasmín」、それって何?きっと「Transmisión伝えること」から来ている言葉じゃないですかね?ベレンは父のマリオ、マヌエルはグラナダのアイレなど、という風に単純に考えていました。確かに、ベレンは父マリオへのオマージュ(オメナッヘHomenaje)の意味でマルティネーテを踊ったということです。パンタロンでイスに座ってサパテアートから始まり、彼女の想い入れが十分感じられました。そういうこと以外、この作品は深く考えなくても、何か息があったマヌエルとベレンが、2人で壮麗なフラメンコのスぺクタルを見せてやろうではないか!といった意気込みで、取り組んだ舞台だったように思います。それはそれとして、何といってもマヌエルの演技が多くの観客を楽しませ、圧巻でした。マヌエルの演技は幸い昨年の夏に観るチャンスが数回ありましたが、この作品では皆さんもご存じのように出だしにバタ・デ・コーラで登場!カンティーニャスをベレンと踊りました。
実は私奴、マヌエルを13年前に自分の公演に招聘しました。アレグリアスをやはり出だしに2人で踊ることになっていて、マヌエルがその合わせ練習にグラナダの私のスタジオに来た時のことです。彼はまだ17歳でした。マヌエルはわたしがちょっといないすきにわたしの練習用のバタをちゃっかり着て、ヒューヒューとコーラを振り回して踊っていました!何の抵抗もない様子、ただただ好きなんだということでして......でも、それが立派なさばき方なので感心してしまったのであります。好きこそ物の上手なれ、まだあどけなさが残っていたマノリージョ君でしたが、今は立派なアーティストに育ってくれて嬉しい限りです。
マヌエルのバタさばきは今回が初めてではないようですが、今回は、男性用衣装のままのクエルポで、下だけがバタ・デ・コーラ(全部女装はしない)なんとも不思議な雰囲気が漂っていました。近年は男性がバタを着て踊るのを見かけるようになりました。ショー的に魅せる目的なのか、何なのか?マヌエルの場合、きっと彼の中に何らかの必然性があってのバタの着用なのだと思いますが、これもまたひとつ彼の特技として賞賛したいです。それから、他の踊りもいいとこだらけでしたが、タンゴで見せた古のアイレ!これは誰もに受けましたね。サクロモンテのおばさん達を彷彿とさせるあのマルカール、腰の動き、表情......オレ!でしたね。因みにそのサクロモンテのおばさん達もだんだん減って来てしまいました。もうマヌエルが今回見せてくれたようなアイレをもったおばさんは殆んど現存していません。だから、トラスミン、意義ありました。楽しめました!
(続く)
東京フラメンコ倶楽部 スタジオコンサート/ダビ・パロマル (10/26)
本場スペインのペーニャを日本で実現したいということでカンテが中心という
ペーニャ・フラメンカ(フラメンコ愛好家が集う場所、組織)があります。東京フラメンコ倶楽部。
そこで10月下旬にカンテのコンサートがありました。
それがなんとカディス出身人気カンタオールであるDavid Palomarダビ・パロマル。
ダビは田村陽子さんのコンサートで来日中でした。田村さんの協力で実現したということ。
何を隠そう、ダビのファンである私は踊り歌でなく彼一人のカンテを聴けると言うので
いそいそと出かけて行きました。
ダビは、今ではコンクールで賞をとったりしまして格が上がり、スペインでもソロで呼ばれる
ようになりましたが、駆け出しの頃、踊りのバックで唄っていまして、グラナダにもよく仕事で
来ました。その頃からわたしが密かに期待していた若手アーティストなのです。最初のCDでは
カディスのカンテをざっと知ることができなかなかよくできています。
2枚目「ラ・ビーニャ...」もそうですがもっとモデルノで、カディスの楽しい雰囲気、グラシアを
現代風に押し出していて痛快です。どちらも沢山テーマがあり、約1時間た~っぷり聴けます!
左のおかしな写真は小松原庸子先生の公演で来日した時のもので4年ぐらい前。この頃、わたしは腰を痛めていたのでなんだかへっぴり腰でがに股、おまけに雨ゴート来ていまして、せっかく憧れのカンタオールに会うのに女コロンボみたいな風采が上がらないいでたちでしたよ(笑い)。
この時はMacandeマカンデというカディスの伝説に残る唄い手のファンダンゴを唄いまして、そのことも気になり楽屋に押しかけました!
彼はやっぱり色々知っている!嬉しかったのであります。
それはいいとして、この日のペーニャは多くのカンテファンが集まり大盛況だったのであります。そしてまたダビは静か眼差しで聴き入る日本のカンテファンの為に、まぁありとあらゆるカディスの歌をたっぷり聴かせてくれたのです!ギターはベテランのエンリケ坂井氏。
上記マカンデのプレゴン、ロマンセ、などで始まった
その趣味の良さ、ニクイね~!続いてぺパ・デ・オロのミロンガ......
いやーなかなかこれ面白い!もう一度聞きた~い!この辺の曲名や
アーティストはちょっと専門的かな?ダビは色々と解説もしていまし
たが、彼のスペイン語が終わると、サッと会長の飯野昭夫氏が通訳を
してくれまして、お客さんもハ~フ~ウン!とうなずき、その手際
よい進行で、皆さんすんなりと歌の世界に入り込めたようです。
そんな感じで曲ごとに会場も熱い雰囲気になり、最後に
「さぁブレリア!」となりましたら本人のウナ・パタイータも
出まして、お客さんはすっかり満足、けっこう踊ってくれましたよ!
その絶妙なコンパス!これまたニクイのであります。
楽しい会でした。それもこれも、エンリケ氏や飯野氏他ペーニャの
関係者のフラメンコの知識と愛情と熱意......のおかげ。彼らに敬意と
感謝の気持ちを込めて、ガディターノ(カディス人)としての誇りと
アーティスト精神でもって応えるダビの心意気にも感心しました。
ビバ、ペーニャ・デ・Tokyo!
[写真]ペーニャのイス、興奮の後(すいません、写真撮れませんでした!)
踊りの声 La voz del Baile「ラ・ボス・デル・アイレ」/レメディオス・アマージャ(11/4)
11月になって、大物がやって来ました!Remedios Amayaレメディオス・アマージャ。
きっと全ヒターノのお墨付きでしょう。特にカマロンは彼女の歌に霊感を与えられるとか
言っていたそうです。凄いですね!フェステーラということでブレリア、タンゴを主に
舞台では唄いますが、カンテホンドのような深み、重さがある。一節一節が心にしみてくる。
品がある。そして、ただでも声や容姿がそれはそれはステキで、おまけに踊り出したら
最高にカッコいいのです!わたしは彼女の舞台をスペインで何回も見ていますので、
金欠の折、外出は控えたかったのですが、なんだか気になって会場に向かってしまいました。
[写真]3年前グラナダ近郊の村で歌ったレメディオと。
レメディオと言えば、30年前にエウロビシオンというドイツ?の歌謡コンクールみたいのにスペイン代表の1人として出場して話題になったことを今になって思い出しました。
その時唄ったQuién maneja mi barca quien~というタンゴのカンシオン(歌)、わたしも好きでよく口ずさんでいました。テレビで観てステキだったんですよ。
でも、その時彼女は大の舞台で裸足で歌ったので、それをあーだこーだと言われてしまったらしいのです......。
初来日の彼女、本当に嬉しかったんだなぁ~と今回の舞台を見て思いました。
苦労も多かった彼女です。主催者や、観客に感謝の気持ちを込めて絶唱していました。
そして、アッと思ったら靴はいてません!ちょっと遠かったのでよく見えませんでしたが、
裸足だったと思います! 最近の若い歌い手さんたち、よく高いヒールをほっぽって
裸足になっちゃいますけど、レメディオは30年前からやってたんですよ!これって
ヒターナの性分?プライド?エウロビシオンに参加したことも誇りに思っていたらしいので、
なんだか意味ありそうじゃありませんか?
唄おうと思えば何でも唄える筈の彼女、確か昔、グラナダで
ペーニャ・ラ・プラテリアに出演した時、椅子に座って他のパロ
も唄っていました。今回シギリージャとソレアをフォアン・デ・
フォアンの踊りのために歌いましたね。
出だしのシギリージャのテーマはステキでしたし、他の曲も
よかったです。ソロで歌ったタンゴはほんのちょっとしか
歌ってもらえなかったのが残念でしたが、全体的にカマロンが
歌った懐かしいレトラ(歌詞)がいっぱい出てきまして、
とても楽しめました。だいたいレメディオが踊りのバックにいる
こと自体がスペインではめったにないことですので、
そういう意味でラッキーな気分にもさせてもらえました!
このコンサート、主役はフォアンでしたが、ギターの
ニーニョ・ホセレ、ディエゴ・デル・モラオ他も出演していまして、とってもフラメンコな、でもちょっと面白い取り合わせ。
(どんな繋がり?)
そして、日本の皆さんにレメディオ達の素晴らしさを感じてもらいたい、また、レメディオ達を
日本に連れて行ってあげたいという主催者たちのあったかい気持ちが伝わって来る公演だったと
思います。衣装メーカーと連携して宣伝ビデオまで作っていましたね。かなりの気の入れようで、
公演ではアンケート用紙が小型シャープペンシル付きで配られ、細かい気配りまで!
考えてみると、この公演のようにバラエティに富んだ内容にしないと、日本で唄い手だけの
コンサートを実現するのは難しいかもしれませんけど、まだ日本に来ていない大物が沢山います。
グラナダが誇る歌姫エストレージャ・モレンテやマリーナ・エレディアの舞台も日本の皆さんに
観て聴いて欲しいです。う~ん、いつそんな日が来るんでしょう。誰か実現してくださ~い!
踊り手も混ぜないと確かに集客大変かもしれませんが、彼女達だけで充分満足できる素晴らしい
舞台を見せてくれます。ともにヒターノの血を引くし、裸足になっちゃうかも。
しかし今回何と言ってもレメディオの貫録、凄かったです!最近ちょっと太目?なんだか
身体全体を覆いつくすような布で作った衣装でさっそうと登場したその姿は
パケーラ・デ・へレスを彷彿とさせましたね。大物と聞いていてもその大物加減はやはり
見てみないとわかりません。観に行った人勝ち!観客もこれは凄い!とびっくりしたようです。
みんな立ち上がって大拍手していました。公演成功おめでとうございました!
(続く)
いや~いろいろとありましたね、この秋。
何故かあちこち、故障中の足を引きずって出没することになってしまった私でした。
11月初めにセルバンテス文化センターではギターコンクールがありました。私はコンクールを
観られなかったのですが、友人が出場しましたので打ち上げに駆け付けまして、優勝者の
江戸裕さんや、外国出身のギタリストさん、地方からやってきたギタリストさん、なんと颯爽と
した女性のギタリストさんまで!皆さんと接することができました。まぁギターの世界にも
こんなに沢山頑張っている若きフラメンコの息吹たちがいるのは頼もしいものでありますね。
また、10月下旬にベテランバイラオーラ入交恒子さんの公演も観せていただき、
「純粋フラメンコ」コンサート志向の彼女にとって、新しいスタイルに挑む果敢な姿勢を
感じたりしました。日本のアーティストは本当にフラメンコを尊び、フラメンコから
元気をもらっている、日本にはなんでも挑戦できる自由な雰囲気がある、などと思いました。
その他、私の観たこの秋のイベントや公演を振り返ってみたくなりました。
ちょっと何回かに分けて書いてみます。雰囲気が伝わると嬉しいです。
今、ギタリストのカニサレスがコンサートで来日中ですので彼のトーク・イベントから!
フォアン・マヌエル・カニサレスのコンサート直前トーク・イベント(12/1)
実はもう随分と昔のことですが、
トマティートに偶然会ったのでインタビュー?(笑い)した時に
パコ・デ・ルシア以外に好きなギタリストはいるのと
聞いたら、「カニサレス!」って二つ返事でして、
どんなアーティストかなって気になっていましたが、
それから20年以上も彼の演奏をじっくり聞く機会も、会う機会もなかった私なのです。
今回のコンサートも残念ながら、ちょっと行けるかどうか危ういので、このトーク・イベントに
グラナダで知り合った友人を誘って参加しました。小さな会場で、ワイン、ビールなどの
ワンドリンクのサービスもあり、ファミリーな雰囲気になりそうなカンジ。
たっぷりお話しを聞けそう、ワクワク!おまけにギターも弾いてくれるということなのです。
ただ、会場ではフラメンコ関係の知った顔が少なく、いったいここにいる人達どこから来たの?
そんな感じでありました。どうも一般のクラシックギターファンが多かったようです。
だからでしょうか?なんだかちょっとわたしには想定外の内容でありました。
[写真]会場の雰囲気
今のカニサレスはクラシック、ジャズ他、
フラメンコだけでなくジャンルを超えた音楽シーンでも
活躍しているようです。ベルリン・フィルの招待を受け、アランフェス協奏曲を演奏したり、因みに
この仕事のために1日10時間の練習を4ヶ月続けたと言っていましたよ、凄いですね!
また、アルベニス、グラナドスなどの曲を彼なりに
アレンジしてギター演奏し、それがいいのだそうです。
これはCDで聴いてみたいです。また、スペインのレコードアカデミー賞を受賞したりしている。
最近ではこの11月にグラナダでマヌエル・デ・ファジャの音楽を演奏したということです。
残念!今、日本にいるわたしは見逃しました。
先ずは、カニサレスのお話を交えながら、その生い立ちを、スクリーンを使って写真などで紹介。
勿論通訳付き。13歳の時パコ・デ・ルシアのコンサートを見に行って、終了後楽屋でパコに
挨拶するために順番待ちし、会ったらいきなりパコの目の前で2曲演奏し、それが縁で
後にパコから電話があり、パコのツアーに参加することになったとか、14歳で義務教育を終えた時、これからはギターでやって行くという選択肢をした頃のグアヒーラの演奏テープを聴かせて
くれたりして「今よりうまい!」なんで照れてみたり......あっという間に第一部終了。
休憩の時に思い出写真の撮影許可があり、
みんな順番に並んでいましたので私も並びましたよ!
ちょっとお話がしたかったのです。でも、グラナダにも親戚がいるとか、
またエンリケ・モレンテとは親交があったとかの2,3しか話せず、
次の人が待っているんで落ち着かず、早目に切り上げました。
さぁ、第2部が始まりました。でもなんと、それはフラメンコ講座だったんですよ。
初心者に戻って、今では考えたこともないフラメンコの基本を再勉強するに至りました。
でも、司会の人達がちゃんと説明していましたよ!準備も大変だったでしょう。
フラメンコの特殊なリズム、そしてコンパスなどの説明と、実際にブレリアのパルマを
叩いてみたり、カニサレスも弾いてくれまして、会場の人達は充実した時間を過ごせたようです。
友だちもよくわかったと喜んでいました。最後に待ちに待った生演奏!
自由で情感こもったテーマとブレリアを弾いてくださいました。みんなうっとり。
しかし、この2時間半ぐらいの長いイベント、本当にお疲れさま!
終わってからもまだまだサインだの写真だのの人だかり。アーティストも楽じゃないです。
わたしは久しぶりに会った友人とお先に失礼とあいなりました。
日本公演、ステキなコンサートになりますように!